「信頼できるAI」は日本のモノづくりを守れるか 第2期AI基本計画が示す経済安全保障の設計図

2026/07/14 更新: 2026/07/14

政府は7月10日、首相官邸で第5回人工知能戦略本部を開き、AI法に基づく第2期「AI基本計画」の案を決定した。会見で高市早苗首相は、高性能AIが国力強化に直結する一方、サイバー攻撃への悪用など新たなリスクも懸念されると述べ「信頼できるAI」で社会全体を動かす「AIトランスフォーメーション(AX)」を掲げた。

計画の柱は、医療や製造など分野ごとに特化したAI(バーティカルAI)と、ロボットのように現実の世界で体を持って働くAI(フィジカルAI)への官民投資であり、その財源として『「強く豊かな日本」投資枠』を活用するという。

「信頼できるAI」とは何

なぜ政府はことさらに「信頼できるAI」を強調するのか。その背景には、AIがすでに情報戦の武器として日本に向けられているという現実がある。

米OpenAI社は今年2月の報告書で、中国の法執行機関に関係する人物が、高市首相の信用失墜を狙ったネット上の工作を計画し、対話型AI「ChatGPT」に協力を求めていたと明らかにした。同社は収集した証拠を、中国の法執行機関による「大規模で、資源を大量に投入した持続的な」反対封じ込めの取り組みを示すものと解釈している

報告書によれば、ChatGPTが計画への加担を拒否した後も、工作側は同モデルを使わずに作戦を実行に移したとみられる。また利用者は、一連の『網絡特別作戦』において中国製AIモデル『DeepSeek』や『Qwen』などをローカル環境で運用していると自ら報告しており、OpenAIは主張の真偽を独立に確認できないとしつつ、作戦全体がローカル配備のAIモデルの利用を伴うと分析している。

工作は首相個人にとどまらない。時事通信によると、シンクタンクの笹川平和財団は、今年2月の衆院選を標的とした中国からとみられる影響工作をSNS上で確認したと報告した。同財団の研究者は、中国からの影響工作が観測されたのは今回の衆院選が初めてとの見方を示している。

さらに産業面でも、米サイバーセキュリティ大手クラウドストライクの2026年版脅威レポートは、AIによって攻撃者の活動が加速し、企業への侵入から内部移動までの平均時間がわずか29分に短縮された実態を報告した。

同社の分析では、2025年に中国関連の活動は38%増加し、特に物流業界への標的化が最も顕著で85%の増加を記録したとされている。

昨年12月の第3回戦略本部の会見では、AIの安全性評価を専門に担う日本の政府関係機関AISIについて英国並みの200人体制を目指す方針もすでに示されており、政府が自ら高性能AIの中身を検証できる能力を持つことは、いわばAI時代の「防波堤」の建設といえるものといえる。

現場を守る「フィジカルAI」 モノづくり大国の反転攻勢

計画のもう一つの柱であるフィジカルAIには、安全保障とは別の、しかし根はつながった狙いがある。製造、医療・介護、農業、物流など人手不足に苦しむ日本の現場を、AIを積んだロボットで支えるという構想だ。

会見で首相は、赤澤経済産業大臣に対し、海外企業に依存しない「国産の開発基盤」の構築、AIロボットの研究開発・量産投資、そしてAIロボティクスの世界的中核拠点の早期創設を指示した。政府の成長戦略は、AIをロボットに実装したAIロボットを中心に市場が拡大し、2040年に約60兆円に達するとの予測を引きつつ、この分野を国力を左右する投資対象と位置づけている。

ここで「国産」にこだわる理由を、過去の教訓が物語る。日本はスマートフォンのアプリや広告、クラウドといったデジタルの土俵で海外の巨大企業に主導権を握られ、毎年巨額の使用料を国外に払い続けている。政府の日本成長戦略(案)でも、他国への過度な依存は、データの海外流出やデジタル赤字拡大に直結するため、自律性の確保が急務であると指摘されている。頭脳(ソフト)で敗れた国は、いずれ得意の手足(ハード)でも稼げなくなる。

AIが現実世界に進出するフィジカルAIの局面は、日本にとって最後の、そして最大の好機となる。工場の熟練工の手さばき、介護の現場の細やかな気配り、田畑の土を知る農家の勘。こうした「現場のデータ」こそ、長年モノづくりで培った日本にしかない資産であり、机上の計算力だけでは代替できない。職人技を継承する人手が細るいま、その知恵をAIロボットに移し替えて次の世代へ受け渡せるかどうかは、産業政策であると同時に、日本の伝統と地域社会を守る文化の課題でもある。

「強く豊かな日本」投資枠の真価

これらを資金面で支えるのが、来年度予算から導入される『「強く豊かな日本」投資枠』だ。政府はAI・半導体や造船など戦略17分野に対し、2040年度までに官民合わせて総額370兆円を超える投資を行うロードマップを公表しており、この投資枠は複数年度の計画に基づき、要求上限を設けない仕組みとされる。

この大規模投資に対し、野村総合研究所の木内登英氏は、投資額に既存の民間計画や別枠のGX投資が二重計上されている可能性や、政府投資を賄う「つなぎ国債」の償還財源が明示されていない点を指摘している。長期金利が歴史的な高水準にあるいま、巨額投資と財政規律の両立は、この計画の成否を分ける試金石となるだろう。

首相は会見で、AXを「まずは行政から始める」と言明し、AIの国際ルール作りを話し合う「AIサミット」の早期日本開催に向けた調整も指示した。言葉どおり政府自身が変われるのか、そして日本発の「信頼」を国際秩序の土台に据えられるのか。計画はまだ設計図の段階である。

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