夫を亡くし一家は離散 法輪功弾圧27年を語る女性の証言

2026/07/23 更新: 2026/07/23

中国共産党(中共)による法輪功への弾圧が始まってから27年が経った。「真・善・忍」を修煉の基準とする多くの法輪功学習者が拘束され、刑を言い渡され、命を落とす人も出ている。法輪功学習者の袁暁曼さんは、かつて夫と息子とともに幸せな3人家族を築いていたが、迫害によって一家は引き裂かれた。この27年を振り返ると、今も心は穏やかではいられないという。

袁さんと夫の杜樺さんは、1995年に法輪功を始め、体調が改善した。幼かった息子の小海さんも両親とともに煉功し、一家は穏やかで幸せな日々を送っていた。

袁さんは当時の生活を振り返った。

「この本(『転法輪』)を読み終えたとき、どんな気持ちだったか。本当に命が震えるような感覚だった。これまで経験したことのない衝撃で、これこそが自分の人生が求めていたものだと思った。杜樺(夫)の変化はさらに大きく、宴席にも参加しなくなり、お酒もやめた。家庭はとても穏やかで、その喜びは心の底から湧いてくるものだった」

しかし、1999年7月、中共は法輪功への全面的な弾圧を開始した。7月19日の早朝、全国で法輪功学習者に対する大規模な拘束が始まった。大連市では、多くの地元学習者が市政府の陳情窓口を訪れ、状況を訴えようとした。

袁さんは「午前2時か3時ごろ、警察が車で人を捕まえに来た。私たちは手をつないで立っていた。若い男性たちは前に出て、年配の人や女性の仲間を守ろうとした。しかし、年配の仲間たちは若い人たちに後ろへ下がるように言い、彼らが捕まらないようにしていた」と語った。

2000年10月、杜樺さんは3年の労働教養処分を受けた。大連教養院に収容されていた際、「3・19惨案」と呼ばれる迫害事件を経験したという。

労働教養とは、裁判を経ずに、警察などの判断で人を施設に収容し、強制労働や思想教育を受けさせる制度である。

袁さんは「電気警棒で電撃を受け、殴られた。4本の電気警棒を同時に当てられ、その苦痛は、万本の矢に心を貫かれるという表現でも言い尽くせないものだった。脇の下や背中の皮膚は焼け焦げ、煙が上がり、黒くなり、意識を失った。同じ組に医師だった法輪功学習者がいて、『心臓が強い損傷を受けると、普通の人なら本当に死んでしまう』と言っていた」

2016年5月、袁さんは夫の冤罪を訴え、法輪功のために正義を求めようと、迫害の元凶である江沢民を訴えた。ところが、その告訴状は大連の警察に回され、袁さんは不当に3年6か月の刑を言い渡され、罰金も科された。

2010年、息子の小海さんは高校卒業後、アメリカへ留学した。2024年、杜樺さんは無念の思いを抱えたままこの世を去った。袁さんは2025年に渡米した。

袁さんは「実は1999年以前、私はとても幸せだった。けれども、これほど長い年月にわたって迫害を受け、心はずっと押しつぶされていた。この(法輪功学習者)仲間が捕まった、あの仲間が迫害で亡くなった、別の仲間が尾行されている。そんな話を絶えず耳にし、一日中そのような環境に置かれていた。人が楽しい気持ちになれるはずがあるのか」と語った。

現在、海外にいる袁さんは、中共領事館の前で迫害の実態を伝える資料を配り続けている。時間がある限り、この活動を続けていくと話している。

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