インドと中国の領有権紛争の引火点となってきたアルナーチャル・プラデーシュ州が、その火種としての運命を逃れられないような事態が最近発生した。
インド北東部に位置する高標高の同州は、中印国境紛争が発生している地域の南部に当たる。 この9万平方キロにわたる地域は中国側の呼称を「藏南(南チベット)」と言い、中国が領有権を主張している。
アルナーチャル・プラデーシュ州については長年にわたり中印が領有権を争っているが、ザ・インディアン・エクスプレス紙が報じたところでは、4月上旬に中国がアルナーチャル・プラデーシュ州に含まれる土地2か所、住宅地2か所、山頂5か所、河川2か所、合計11か所の場所の名称変更を発表したのだ。
同紙によると、中国が同州内の場所に中国語名を付けたのは2017年以来これが3度目であり、その度にインドがその行為を一笑に付して拒否してきたという過去がある。
同紙が伝えたところでは、中国が今回の名称変更を発表した後、インド外務省のアリンダム・バグチ報道官は、「インドはこれを完全に拒否する」とし、 「アルナーチャル・プラデーシュ州はこれまでも、そしてこれからも必須かつ不可分なインドの州である。 勝手に適当な名称を付けたところで、この現実は変わらない」と述べている。
長年燻っていた国境紛争により軍事衝突が発生して以来、国境における両国関係の緊張が増している。直近では2022年12月にアルナーチャル・プラデーシュ州のチベット仏教の聖地とされるタワン県周辺でインドと中国の兵士による衝突が発生している。
インド当局によると、この衝突は中国人民解放軍の部隊がインドに侵入して「一方的に現状を変更」しようとしたことに端を発している。 中国人民解放軍部隊がまもなく自国側に撤退したことで、両軍とも銃器を使用することなく紛争が終結したが、 双方の兵士が軽傷を負った。
タワン県の南東約1,500キロの地点に位置する中印国境沿いのガルワン渓谷で2020年に発生したインド軍兵士と中国人民解放軍兵士の衝突では、両軍に死者の出る被害が発生した。 インドは20人のインド軍兵士が死亡したと発表しているが、中国側の死者数は不明である。
他諸国の見解としてはインド側を擁護する声が高く、 たとえば米国上院はアルナーチャル・プラデーシュ州がインドに属する地域であることを取消不能な形態で再確認することを目的とした超党派の決議案を提出することを検討している。 インドのアナリスト等の説明によると、同決議案では英領インド帝国時代に取り決められた国境「マクマホンライン」を国境とするとしている。
ニューデリーに本拠を置くオブザーバー研究財団のシャイリー・マルホトラ準研究員はFORUMに対して、「中印国境紛争に対して米国がこのように率直かつ積極的な姿勢を取ることは異例である。中国の侵略・拡張主義政策に対峙することを目的とした米印間の協力体制が強化されているという状況を考慮すると、これは非常に顕著な事例である」と語っている。
1914年、チベットを実質的に独立国家として認めるシムラ条約がイギリス帝国とチベット間で調印されたが(中国は会議には参加したが署名を拒否)、同条約にマクマホンラインに関する条項が含まれていた。 マルホトラ準研究員の説明によると、マクマホンラインをチベットとの国境として捉えるインド政府は、アルナーチャル・プラデーシュ州がインドの主権領土の一部であると主張している。 一方、アルナーチャル・プラデーシュ州はチベットに属することから、中国の支配下にあるというのが中国政府の言い分である。
2023年3月、現在退役している中国人民解放軍の周波元上級大佐はBBCニュースに対して、アルナーチャル・プラデーシュ州は中国に属する「蔵南地区」であると主張している。
マルホトラ準研究員は、「これ[こうした主張]が長年にわたる中国とインドの国境問題の起因であり、最終的に中国側が勝利を主張した1962年の激しい中印国境紛争に繋がった」とし、 「中国は緊張を緩和する努力を行わず、現状を変えることを目的として、国境を軍事化して暴力的な軍事衝突の突発と小競り合いを繰り返すことで、インドを挑発することに執着していると思われる」と説明している。
インド当局と中国当局の間で何度も対話が行われてはいるものの、国境の緊張が緩和する兆しはほとんど見られない。
同準研究員は、「紛争地域に村落を建設する、アルナーチャル・プラデーシュ州の都市を標準中国語(マンダリン)に改名した地図を公開する、同地域に戦略的インフラを構築するなど、中国は軍事力行使の他にもさまざまな行動に関与している」と語っている。
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