このごろ、中国のロックバンド「耳光楽隊(じこうがくたい)」の曲「紅孩兒十八贏」が華人圏で広く拡散され、話題を呼んでいる。
この歌は、中国政府のゼロコロナ政策の失敗や噴出する社会問題など、近年の中国社会全般を批判し、風刺する内容が歌詞のなかにふんだんに盛り込まれている。そのような歌であるため、案の定、中国国内の検閲に引っかかったようだ。
これぞ「中国のプロテストソング」
ちなみに、バンド名の「耳光楽隊」にある耳光とは「ビンタ(平手打ち)」という意味。
また曲名「紅孩兒十八贏」は、中国共産党を「紅孩児(こうがいじ)」という、小説『西遊記』に登場する子供の姿の妖怪に例えており、その紅孩児が「十八贏(18件のことで、君(中共)は見事に勝利したね)」と皮肉り、揶揄しているのだ。
紅孩児は、もちろん昔の『西遊記』のなかのキャラクターであるが、この場合、その名前のなかの「紅」が共産党の赤(紅)にひっかけてあると見てよい。
さらに「孩児」は、現代中国語でも子供を意味するが、もう少し悪罵的な語感が加味された「(中共という)悪ガキ」のようなイタズラな悪童のニュアンスにちかい。
牛魔王と鉄扇公主の息子である紅孩児は、自ら「聖嬰大王」と名乗る。孫悟空は、この妖怪と戦って何度も敗れた。最終的には観音菩薩に調伏され、紅孩児は観音菩薩の弟子になる。
今年初めに作られたという歌「紅孩兒十八贏」には、「紅孩児は被害妄想がひどい」「紅孩児は300歳を過ぎても高齢児童(年とっているわりには精神的には子供)だ」「火雲洞の山の神や土地を守る神々は、紅孩児によってさんざん翻弄された挙句、重いストックホルム症候群を患った」といった奇抜な内容の歌詞が盛り込まれている。
ストックホルム症候群とは、誘拐や監禁などの犯罪被害者が犯人との間に親しみなどの心理的なつながりを築く現象を、精神医学的に定義したもの。凶悪犯である中共と中国人民との関係がそれに当たる、と「紅孩兒十八贏」は暗示する。
この歌詞に挙げられた事件の一部を列挙すると、以下のようになる。
「習近平政権によるゼロコロナ政策」「中国東方航空の墜落事故(機長の故意とみられる墜落で乗客乗員が全員死亡)」「ロシア・ウクライナ戦争」「鉄の鎖の女性」「唐山の集団暴力事件」「広州の暴走自動車による社会報復事件」「貴州のバス転落事故(隔離施設へ向かう途中で発生)」「ゼロコロナ中の蘭州で、PCR検査証明書を提示できなかったため病院へ行くことが阻まれ、死亡した3歳児の事件」「ペロシ前米下院議長の台湾訪問」「河南省の地方銀行での取り付け騒ぎ」「職場から集団脱走し、徒歩で帰郷するフォックスコン(富士康)の従業員」「白紙革命」および白紙革命のきっかけとなった「新疆ウルムチの集合住宅火災」など。
このように、最近の3年間に中国社会で大きな関心を呼んだ「敏感な事件」について、網羅的に言及しているのが「紅孩兒十八贏」である。
安倍首相が暗殺されても「PCR検査には並ぶ」
ロックバンド「耳光楽隊」は、こうした中国における「乱象(カオス的な、混乱した局面)」について痛烈に風刺するとともに、観客に向かって「(そこで涙を流した無名の人々を)忘れないでほしい」と呼び掛けているようだ。
「耳光楽隊」は、中国国内の事件のほかにも、安倍元首相の暗殺事件に興奮する愛国小粉紅について皮肉るとともに、これら中国の小粉紅は「プーチン大帝に、親孝行しているね」と揶揄している。「小粉紅」とは、中国の狂信的な愛国主義ネット民のこと。
「安倍首相の暗殺は(中国の)愛国青年を興奮させた。しかし、どんなに興奮したって、雨が降ろうが風が吹こうが(ボクらは)PCR検査に並ばなければならないよ」などの、ゼロコロナ政策に対する痛烈な皮肉は歌詞の至る所で見られる。
歌はさらに「(ゼロコロナで)3年間を無駄にした。私たちを守ってくれて(中共よ)ありがとう」とホメ上げ、この偉大なる時代に生まれたのだから「ラッキーだと、ひそかに思っていればいいよ(偷著楽)」などと皮肉った。
この「偷著楽」は、今は地方へ異動したが、かつて中国外務省の報道官を務めていた戦狼外交の顔、趙立堅氏が21年12月30日の記者会見で口にした「名言」である。
趙氏はこの時、外国人記者に向かって「在座外國記者抗疫期間生活在中國、就偷著樂吧」と述べた。
つまり「この場にいる外国人記者の皆さんは、今のパンデミック中に中国で生活できるのだから(自分は)ラッキーだと、ひそかに思いなさい」と言ったのである。
「文字の獄」では、人々の口を封じられない
1998年に結成されたこのバンド「耳光楽隊」は、中国のロック界では多くのファンを有している。長年にわたり、中国の社会問題をテーマにした曲を創作しているため、そのうち一部の作品については、中国の主要プラットフォームから「封鎖」の憂き目に遭っている。
「耳光楽隊」のこの歌「紅孩兒十八贏」について、任瑞婷氏は「とても(体制に)批判的だ。本当に度胸がある」と評した。
任瑞婷氏は中国出身の女性だが、敬虔なクリスチャンである自身の信仰上の理由から中国を離れ、現在は米国に在住している。米政府系のラジオ自由アジア(RFA)5月29日付は、彼女のコメントを引用して次のように伝えた。
「今の中国の若い世代は(中共の)愛国教育の洗礼を受けている。最も情報が閉鎖された時代に生きている彼らは、真相を知らないため、ミスリードされやすい」「今の若者は、本をあまり読まない代わりに、音楽やトークショーが好きだ。そこで、そのような方法(音楽やトークショー)を使って彼らを導くのは、とても良い方法だ」
産経新聞台北支局長の矢板明夫氏は28日、自身のFacebookにおいて、中国軍を風刺したとされるコメディアン(の事務所)が多額の罰金と活動禁止の処分を受けた事件ついて言及したうえで、「今回、耳光楽隊は、再度当局の言論統制に挑戦を挑んだ」として、「残虐な政治や文字獄は人々の口を封じることはできない。耳光楽隊に敬意を表す」と投稿した。
「文字獄(文字の獄)」とは、中国史において何回かみられた言論弾圧のことであり、とくに清代中期の文字獄が苛烈であったことが知られている。いずれにしても、書き手が意図しない文章の語句について、揚げ足取りのように批判し、処刑に至るほどの弾圧が行われた。
「耳光楽隊」のほかにも、同様に中国の現体制や社会を音楽で批判するバンド(楽隊)は活躍している。
そのようななか、雲南の「腰楽隊」や新疆の「舌頭楽隊」などの地下楽隊(アンダーグラウンド・オーケストラ、地下鉄構内や地下道で演奏するバンド)も、多くの若者の共感を得ている。
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