【寄稿】中朝露めぐるバイデン氏のグレートゲーム 日米韓首脳会談の成果とは?

2023/08/24 更新: 2023/12/02

キャンプデービッドで開かれた日米韓首脳会談では、台湾への言及はなかった。いっぽう、7月のNATO首脳会談では、日韓両首脳がウクライナ支援を約束させられた。同盟国を手玉に取るバイデン氏の思惑とは。

バイデン大統領と韓国

8月18日、日米韓首脳会談が米国キャンプデービッドで開かれた。ここは米大統領の山荘であり、歴代の米大統領がしばしば休暇で静養するほか、外国の要人などを招いて会談や歓談、交流を行う場所として知られる。

しかしバイデン大統領が、ここに外国の首脳を招くのは、これが初めて。日韓の首脳は異例の厚遇を受けたことになる。岸田・バイデン・尹(ユン)の3氏による日米韓首脳会談そのものは昨年11月にカンボジアの首都プノンペンで開かれているが、この時は東アジア首脳会議のついでに開かれたのであり、3首脳が単独の会議として集合したのは今回が初となる。

バイデン氏がこの会談に並々ならぬ思いを込めているのが、こうした経緯からも伺われるが、この経緯をさらに遡ってみるとバイデン氏の政策的理念に辿り着く。というのも、バイデン氏が大統領に当選した2020年11月、当時の韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領に当選の挨拶の電話をして「韓国はインド太平洋の安全保障と繁栄の中心軸」と述べた。

インド太平洋という言葉は、安倍晋三氏が総理時代に使い始めた。自由で開かれたインド太平洋という構想にまとめたのも安倍氏である。当時のトランプ大統領が賛同して実現の運びとなったのだが、バイデン氏が当選した時点では、安倍氏は既に総理を退任しており、バイデン氏は宿敵であるトランプ氏が賛同した構想を引き継ぐのかどうか、危ぶまれていた。従ってバイデン氏からこの文在寅氏への電話は、同構想を継承する意向を示したものと受け止められた。

自由インド太平洋構想に対して中国は、対中包囲網に他ならないとして強い警戒感を抱いていた。当時の韓国の文政権は親中政権であったから、中国に配慮して同構想に加わらない姿勢を示していた。

そうした立場にあった文在寅氏に、バイデン氏は「韓国はインド太平洋の安全保障と繁栄の中心軸」と持ち上げ、自由で開かれたインド太平洋構想への参加を促したのだ。文氏は中国の手前、誘いに乗る訳にはいかず、返事をしなかったという。

つまりバイデン氏は、大統領就任前から韓国を自由インド太平洋構想に加入させようと考えていたのだ。

日韓慰安婦合意の背景

バイデン氏は、オバマ政権で副大統領を務めたが、当時から韓国への思い入れが強くあった。当時、韓国は朴槿恵(パク・クネ)政権であったが、親米・保守だとして米国は歓迎していた。しかし韓国の野党すなわち左翼は、朴氏を親日派として非難を強めていた。支持率が低下し政権の崩壊を恐れた朴政権は、日本に歴史問題で謝罪させることで支持率の上昇を狙うという歴代政権の常套手段をまた使おうとした。

日本側にしてみれば、この常套手段に引っ掛かって過去に何度も謝罪させられてきたから、もはや、この手に乗る気はなかったが、バイデン副大統領は日本に詰め腹を切らせても朴政権を守るべきだと考えていた。

2015年12月に日韓外相会談がソウルで開かれ、日本は慰安婦問題について最終的かつ不可逆的な解決として謝罪した。米政府は同日、歓迎の意を示した。この時の日本の外相が岸田氏であった。

ところが翌16年12月に朴大統領は韓国国会で弾劾を決議され、17年3月に罷免され逮捕、収監された。日本の謝罪によって朴政権を守るという米国の思惑は完全に外れた。しかも、その後の文政権は再び慰安婦問題について日本に謝罪を求めたのである。

日本が拒否すると文大統領は米国に駆け込み、日本に謝罪するよう米国から圧力を掛けるよう運動したが、事情をよく知る米国はさすがに相手にしなかった。

2016年に大統領に当選したトランプ氏の韓国に対する評価は最低で、トランプ氏は在韓米軍の撤退も辞さない構えだったが、バイデン氏は日本よりも韓国を高く評価していた。というのも日本は集団的自衛権の行使が1%程度しか出来ないのに対し韓国は100%OKなのである。

中国が台湾に侵攻した場合、日本が台湾に派兵することは国内法的に不可能だが、韓国は可能なのである。バイデン氏は韓国を「インド太平洋の安全保障と繁栄の中心軸」として利用できると考えたのだ。

キャンプデービッド会議の本質

先に述べたように親中派の文在寅氏は、この提案に乗らなかったが、昨年、韓国の大統領に保守派の尹氏が選ばれるや、にわかに風向きが変わってきた。もちろん韓国は中国への経済依存度が高く、中国の虎の尾を踏むような真似は許されないから、尹政権は極めて慎重に外交姿勢を変え始めたのである。

だが米国も新たな問題を抱え始めていた。昨年2月に始まったウクライナ戦争である。バイデン大統領は当初から米軍の派兵はせず、ウクライナへの軍事支援とロシアへの経済制裁で対処していたが、経済制裁の反作用で米国は極度のインフレに見舞われ、軍事支援も底を突く事態に至った。

なにしろ、台湾に送るはずの武器もウクライナに回さざるを得なくなり、もはや台湾防衛どころではなくなったバイデン政権は再び日本と韓国を利用しようと考えたのである。

バイデン大統領は昨年5月、日米首脳会談で岸田総理に日韓関係の早期改善を促した。米国のご都合主義に、さすがに岸田総理も腹を据えかねたと見え「あなたも副大統領の時に、日韓合意に賛成していた。その後に何が起きたかを知っている筈だ」と答えたという。

だが翌年の広島サミットを成功させるためには、バイデン大統領の参加は不可欠であり、何が何でも広島サミットを成功させたい岸田総理は、結局のところバイデン大統領の意向に沿って日韓関係の改善に進まざるをえなくなった。

昨年11月にプノンペンで日米韓首脳会談が開かれ、3月16日には、岸田総理は来日した尹大統領と日韓関係正常化で合意した。同日バイデン大統領は歓迎の声明を出した。

5月の広島サミットには尹大統領も招かれ、再び日米韓首脳会談が開かれたことになっている。実のところ、3者が言葉を交わした時間は2分半であり、会談の態をなしていないが、3者で記念写真をとって会談が行われたという演出がなされた。

東アジアで開かれたG7サミットでありながら台湾防衛が中心的議題とならず、飛び入り参加したウクライナのゼレンスキー大統領が主役となった。7月のNATO首脳会談に日韓首脳も招かれたが、そこで両国が約束させられたのはウクライナ支援であり、台湾防衛についてNATOからの支援の約束はなかった。

今回、発表されたキャンプデービッド原則では「自由で開かれたインド太平洋の推進」が謳われてはいるが、内容は言い古された文言ばかりで新鮮味は殆どない。バイデン大統領の真の狙いは日韓によるウクライナ支援の約束を確認することだったのである。

確かに表面上は具体的な措置や新しい提案は見当たらないが、この三か国が一堂に会し、同じテーブルにつくこと自体が、インド太平洋地域の安全保障と繁栄に対する強い意志の表れであると言える。それぞれの外交戦略や利害が複雑に絡み合っている中で、日米韓の連携は、対中、対露抑止といった大戦略の強化において重要なキーとなることが期待される。

(了)

軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。
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