愛想の良さは「偽善」? 論語の真義 学而篇3

2026/07/26 更新: 2026/07/26

【原文】

子曰:「巧言令色(1),鮮(2)矣仁。」

【注釈】

(1)巧言令色:巧と令はどちらも「優れている」「美しい」の意味。ここでは、言葉巧みに顔色を取り繕う様子を指す。

(2)鮮:少ないという意味。

【訳文】

孔子は言った。「言葉巧みに心にもないお世辞を言い、愛想よく顔色を取り繕うような者に、仁の心があることは少ない」

【解説】

前三章の内在的ロジックから紐解く

これは『学而』篇の第三章であり、わずか一文からなる独立した章だ。このことからも、孔子のこの言葉がいかに重要であるかが分かる。私たちは前三章の内在的なロジックから読み解くことができる。すなわち、「仁徳を学ぶ」→「孝悌を実践する」→「偽善を防ぐ」という流れだ。第三章はまさに「偽善を防ぐ」ことにあたる。孔子は門弟に対し、孝悌(親孝行と兄長への敬愛)や恭順は、表面的なへつらいや目上の者への一味同心(ただ従うこと)とは異なるということを警戒するよう促しているのだ。

つまり、『論語・学而篇』の冒頭数章において、孔子は儒家の修身の学における基本的な道のりをすでに極めて明確に説いているのである。

第一章の冒頭の句、「学んで時にこれを習う、またよろこばしからずや」

この句は冒頭で提示された主旨であり、人が学ぶ根本的な目的は「人としての道」を学ぶことであり、仁義徳行を学ぶことだと示している。そして「習う」とは、学んだことを日々の生活の中で絶えず実践し、反省し、修正していくことだ。人間が自らの心性や境界を高め続けるとき、自然と内から外へと湧き出る喜びを感じるようになる。分かりやすく言えば、日常の暮らしの中で絶えず心を修め、行いを正すことこそが人生の修行であり、高い境界へと昇華したとき、自然と「道」を得るのだ。したがって、第一章の真の 内涵は「道を楽しむ(楽道)」という二文字に集約される。これこそが「学んで時にこれを習う、またよろこばしからずや」の真意であり、孔子から受け継がれた「学び」の根本目的である。

では、仁徳はどこから実践を始めるべきなのだろうか。第二章では、孔子の門弟である有子が極めて重要な見解を示している。「孝弟なる者は、それ仁の本か」つまり、仁徳の根本は孝悌の道にあるということだ。

孝とは親に孝行すること、悌とは兄や年長者を敬い愛することだ。もし家庭の中で敬愛の徳を養うことができれば、その心性は自然と善良になる。すべての家庭がこのようになり、人々が徳を重んじ善を行えば、社会は安定し、人々の間でも道義がより尊重されるようになる。古人が「身を修め、家を整え、しかるのちに国を治め、天下を平らかにす」と言ったとおりだ。

しかしながら、孝悌の道は、立場が下の者が上の者に対する態度や言動であるため、原則のない従属や、虚妄のへつらい、表面的な愛想のよさへと歪曲されやすい。つまり、愚孝(盲目的な親孝行)や偽善の道へと陥りやすいのだ。

だからこそ、第三章において孔子は門弟を諌めるために、一見短くとも極めて重要な言葉を続けて述べた。「巧言令色、鮮なし仁」と。

いわゆる「巧言」とは、意図的に取り繕われた耳ざわりのよい言葉であり、「令色」とは、意図的に見せる穏やかで愛想のよい表情のことだ。

言葉遣いが丁寧で耳心地よく、顔には常にへつらいの笑みを浮かべている者は、一見すると非常に孝行で謙虚に見えるかもしれない。しかし、こうした表面的な恭順は、時に単なる手段に過ぎないことがある。その目的は、利益を得ることや好感を買うこと、あるいは人に言えない私心を覆い隠すためかもしれない。

ゆえに孔子は人々に警告する。このように振る舞う者には十分に注意しなければならない、彼らの中で本当に仁徳を備えている者は極めて少ないのだ、と。

本当の孝悌とは、単なる表面的な順従ではない。より重要なのは、内心から発する誠実さと、道義の堅守だ。古人はこれに対して重要な原則を残している。親に孝行するときは、穏やかな顔つきで接するだけでなく、あえて諌める勇気も必要であり、ただ命令に従うだけではいけない。君主に仕えるときも同様だ。二つのエピソードを見てみよう。

中国の古い建築物のイメージ画像(Shutterstock)

 

曾子が敷物を取り替えた話「曾子換席」

孔子の弟子である曾子は、有名な逸話を遺している。

伝えられるところによれば、曾子は晩年に重病にかかり、床に伏していた。息子は父に少しでも快適に休んでもらおうと、より華やかで柔らかい敷物を取り替えて敷いた。傍らから見れば、これ以上ない孝行に思える。しかし曾子はそれを見ると、厳しい表情で言った。「敷物をもとに戻しなさい」。

息子は大変驚き、父がなぜそう言うのか理解できなかった。曾子はこう説明した。このような華麗な席(敷物)は、本来の礼制によれば卿大夫(高位の貴族)が用いるものであり、自分はただの士人に過ぎない。臨終の際に身分不相応の器物を使えば、礼制に背き、自らの徳を損なうことになる、と。

曾子は、息子がしたことは自分を助けることではなく、徳を失わせる行為だとまで言ったのだ。

この話は一見厳しすぎるように思えるが、一つの道理を示している。本当の孝とは、単に親の生活を快適にすることではなく、親が徳行と礼義を守れるよう助けることなのだ。もし物質的な満足ばかりを追求し、かえって親に道義を背かせるようなことになれば、それはかえって孝行ではない。

それゆえ古人は言った。「君子は徳をもって人を愛す」と。徳行は、快適さよりも遥かに重要なのだ。

中国の古い建築物のイメージ画像(Shutterstock)

 

直言をもって君主に仕えた模範

同じ道理は、君臣の間にも当てはまる。

唐の太宗が後世において明君と称えられた大きな理由の一つは、直言による諌言を受け入れることができた点にある。そして、恐れることなく直言した人物こそが、名宰相として知られる魏徴(ぎちょう)だ。

魏徴は剛直な性格で、しばしば太宗の過ちを目の前で指摘した。時には言葉があまりにも鋭く、皇帝を怒らせることもあった。ある時、太宗は魏徴に強く反論されて非常に激怒し、後宮に戻ってもなお怒りが収まらなかった。その様子を見た長孫皇后は、怒るどころか太宗にお祝いを述べた。

太宗が不審に思い「なぜ祝うのだ」と尋ねると、皇后はこう答えた。「臣下が恐れずに直言できるのは、君主が英明であるからです。陛下のお心が寛大でなければ、臣下がどうして過ちを指摘できましょうか。このような忠臣がいることこそ、国家の幸福でございます」。太宗はこれを聞いて深く心を打たれ、いっそう魏徴を敬重するようになった。

のちに太宗は有名な言葉を残している。「銅を鏡とすれば、衣冠を正すことができる。古を鏡とすれば、興亡を知ることができる。人を鏡とすれば、得失を明らかにすることができる」。魏徴が没した際、太宗は「朕は一徳の鏡を失った」と嘆いたという。

これこそが忠臣の価値だ。魏徴の直言は、耳には痛くとも真の忠義であった。一方で、もしへつらいおもねり、君主をただ称えるだけであったなら、それこそ巧言令色の行いであり、かえって国君と国家を損なうことになっただろう。忠孝の道は、自らを保身の基点とした「巧言令色」に最も陥りやすい。ゆえに孔子は、やりすぎも及ばざるも良くない(過猶不及)と弟子に注意を促すため、まずこのことを明言せざるを得なかったのだ。

 

仁道とは、徳を守ることにあり

孝悌から忠義に至るまで、根底にある道理は一つだ。親に対しては孝敬し、君主に対しては忠誠を尽くす。

しかし、孝であれ忠であれ、原則のない従属と同義ではない。もし親や君主が過ちを犯したとき、なおも一味同心して機嫌をとるならば、そうした行為は恭順に見えても、実のところ孔子の言う「巧言令色」に過ぎない。

ゆえに古人は常にこう言ってきた。良薬は口に苦くして病に利あり、忠言は耳に逆らいて行いに利あり、と。

真の愛情や思いやりは、時に恐れることなく直言して諌めることに現れる。これこそが中庸の説く「中道」だ。いわゆる中庸とは、立場がなく原則もないということではない。いかなる状況であっても道義を守り、偏らず、極端に走らないことだ。

冷淡で無情になることもなく、かといって阿諛奉承(あゆほうしょう)に走ることもない。温情を持ちつつも、明確な原則がある。このような徳行こそが、儒家の説く仁義の道なのだ。したがって、人からお世辞を言われることは決して良いことではない。巧言令色の害には、常に警戒しなければならない。

劉如
文化面担当の編集者。大学で中国語文学を専攻し、『四書五経』や『資治通鑑』等の歴史書を熟読する。現代社会において失われつつある古典文学の教養を復興させ、道徳に基づく教育の大切さを広く伝えることをライフワークとしている。
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