今、故・ジャニー喜多川氏の性加害問題について、大手メディアが連日報道している。長年のタブーがようやく社会問題として語られるようになったが、「少年への性的虐待」というセンシティブな話題であるだけに、報道を目にする子供への影響を親たちは懸念している。
3日、CBCテレビが街の人にインタビューを敢行。前日の記者会見でジャニーズ事務所の井ノ原快彦社長は、憤る記者らに対し「子供たちも見ているので落ち着きましょう」とたしなめたが、そもそもこれは子供の目に触れていい話題なのか。「ジャニーズ問題を子供たちにどう説明するか」と問われた親たちは、「子供には伝えられない」「『悪いことしたんだよ』とぼかした」など、当惑した様子だった。
今回のジャニーズ問題によって、児童性加害に対する日本の意識の低さが露呈した。一部の識者は日本の性教育の遅れを指摘し、欧米で進む小児期の性教育を導入するよう求めている。しかし米国では、小児期の性教育によって子供の性に対する意識が高まることで、かえってモラルや境界線の崩壊を招くといった指摘がされている。
長年タブーだった醜聞が社会問題に
正義を実現するための会話すら始まっていない──。故・ジャニー喜多川氏の性加害問題に切り込んだBBCのモビーン・アザー記者は、今年3月に公開されたドキュメンタリーの中でそう語っていた。
日本の男性アイドル文化の礎を築いたという大きな功績を持つ喜多川氏。一方で、同氏の長年にわたる少年への性的虐待は、告発や訴訟などでたびたび表面化することはあっても、国内の大手メディアが大々的に報じることはなかった。国民の多くがその事実を知りながら、芸能界の闇、社会のタブーとされていた。
そんな中、今年に入り海外メディアがメスを入れた事でようやく山が動いた。3月、英国の放送局BBCがドキュメンタリー「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」を発表。昨今、欧米で問題視される「グルーミング」の観点から、ジャニー喜多川氏の性加害問題を暴いた。翌4月には、元ジャニーズJr.の被害者が記者会見を開き、国内の大手メディアが一斉に報じた。画期的な出来事だった。
先月から今月にかけてジャニーズ事務所は2度にわたり記者会見を開き、性被害問題について謝罪するとともに事務所の新方針について説明した。ところが、2度目の会見から一夜明け、指名を避けるべき記者の「NGリスト」が会見の場に用意されていたことが発覚。各社の報道にいっそう火がついた。今、ジャニーズ関連の報道が大手メディアを連日賑わせている。
全ての発端となったBBCのドキュメンタリーは、喜多川氏による「グルーミング」の手口を浮き彫りにした。グルーミングとは、性的虐待を目的として未成年者と親しくなり、手なずけることだ。取材を受けた元ジャニーズJr.のメンバーは、性被害を受けたことを認めながらも、喜多川氏への尊敬や感謝の言葉を口にし、問題を直視しているようには見えない。BBCのアザー記者は当惑しながらも、これがまさにグルーミングだと説明した。加害者が死してなお、被害者は手なずけられたままだった。
アザー記者は渋谷駅前でも取材を敢行。通行人らが「噂は聞いていたがその話には触れたくない」「表立って追求しなくて良いと思う」とコメントしたことに対し、「多くの人が虐待の事実を承知しながら、なぜ話題にしたがらないのか」と指摘。喜多川氏に手なずけられた被害者と同じような態度を一般の人々が取ったことに疑問を呈した。
このBBCの報道は、まさに児童性加害に対する日本社会の意識の低さを露わにした。報道から半年が経った今、「正義を実現するための会話」がいかにして始まるのか、国際的な注目が集まっている。
人権尊重と性教育を求める声
8月4日、国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会が東京で記者会見を行なった。ジャニーズ性加害問題をめぐり、政府に対し被害者救済や人権意識向上のための「人権機関の設置」を促した。会見の3日後、松野官房長官は記者会見の場で同声明への見解を問われたが、具体的な対応策は示さなかった。
人権尊重のほかに、子供への性教育の必要性も叫ばれている。6月15日付のニューズウィーク日本版の記事は、ジャーニーズ問題で明らかになったような「グルーミング」による性犯罪を防ぐために、「小学校から子供の権利の教育と、性教育を行うことが大切だ」と示した。
性暴力の被害者を支援するNPO法人「TSUBOMI」の代表、望月晶子弁護士は今月2日、「子供たちには何が性被害なのかを伝え、どう対処すればいいかを教えておく必要がある」と東京新聞の記事で述べ、今学校で行われている性教育が性被害の防止に焦点を当てていないことを指摘した。
実際、民間団体の調査によって、性被害を受けた子供がすぐには被害を認識しにくい実態が明らかになっている。2020年に性被害当事者らの団体「Spring」が被害者約6000人にアンケートした結果、7割以上が10代以下で被害に遭ったと答え、すぐに性被害だと認識できなかったと答えた人は半数以上に上った。認識するまでにかかった年数は平均7年で、20年以上かかった人もいた。
同団体の継続的なロビー活動によって、7月には性犯罪規定が大幅に見直された改正刑法が施行された。この画期的な法改正によって、性交同意年齢はこれまでの「13歳未満」から「16歳未満」に引き上げられた。
欧米で進む子供への性教育、親子の間に打ち込まれる楔
日本の性教育の遅れを指摘する際に必ず引き合いに出されるのが、欧米における性教育の現状だ。昨今、欧米では小児期からの性教育が進んでおり、ユネスコは5歳から性について学ぶ「包括的性教育」を行う方針を示している。しかし、こうした子供への性教育が新たな「グルーミング」を生むという指摘も上がっている。
ユネスコが作成した性教育についての指針「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」には、5〜8歳児を対象にした学習目標として「いじめや暴力を認識し、それらが間違った行為だと理解できることが重要」と示している。そして、12〜15歳児を対象にした学習目標には「性的同意を伝えること、受け取ることの重要性を認識する」とし、性的同意についての指導方針を示している。
こうした動きに対し、米国の非営利組織「フォー・キッズ&カントリー」の創設者で元教師のレベッカ・フリードリヒス氏は警鐘を鳴らしている。8月31日付の英語版エポックタイムズの記事で同氏は、「同意を促進することは、同意した子供との性行為は容認されるという考えを助長し、小児性愛の常態化につながる可能性がある」と述べた。
また同氏は、教師が親に代わって生徒を性に関する議論に引き込むようなことがあればそれは「グルーミング」であるとし、性に関して自分で判断する「権利」が子供に与えられることで親の保護が妨げられると指摘。小児期の性教育がモラルや境界線を崩壊させ、親子の間に楔を打ち込むとした。「マルクス主義に基づく急進的なジェンダー理論や人種理論、情操教育と同様、小児期の性教育の目的は分断と征服だ」と述べた。
「包括的性教育」を提唱するユネスコのガイダンスは、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)」に該当しており、国連は各国政府に対しこの類の性教育の実施を求めている。
問題を話しやすい家庭環境が大切
では、どうやって子供達を性のトラブルから守ることができるだろうか。
日本助産学会ジャーナル掲載の論文では、家庭での性教育における親の役割について、知識を提供するほか、経験に基づいて子供に助言し、問題に対処するよう促している。また、夫婦の関係を円満にすることや、親が子供にとって話しやすい相手であることが重要だと指摘している。
この指摘は、冒頭で取り上げた「ジャニーズ問題について聞かれたら、子供たちにどう説明すれば良いのか」という問いに対する答えにもなる。つまり、そこで子供にどう説明するかというところに、親子関係が試されている。このCBCテレビのインタビュー番組について報じたヤフーニュースのコメント欄には、子を持つ親と見られる読者からのリアルな意見が目立った。
「うちは(子供に)結構ダイレクトに伝えた。いつも体触ってくる人がいたらちゃんと言ってね、って」
「うちの子供にも聞かれました。(中略)もう小5で理解できるだろうし、何があって今これだけニュースになっているのかをしっかり伝えました。(中略)自分の子にもどこかで同じような性被害に遭わないように、しっかりと伝える事は大事だと思いました」
「私も子供が小6なので伝えました。(中略)おじいさんだし優しそうだからとすぐに信用はしない様に、そういう弱い子供を狙った怖い人が世の中にはいるんだよ! トイレも1人で行かないとか気をつけようねってLGBTQの内容を含めながら伝えました!」
「そのまま伝えよう。 世の中にはいろんな人がいて、いろんな危険があるけど それでも何とか生きていく。 なるべく人に迷惑かけないように、被害者にもならないように」
など、どれも血の通ったコメントだ。
心と体は繋がっている。自分の体は誰かに見せたり晒したり、容易く触らせたりするものではない。そのことを、親から子へ落ち着いて、心を通わせて話してあげることが大切だ。
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