中国大手ポータルメディア「网易新聞」が公開した、中国の低層労働者の実態を記録した動画「如此打工三十年(邦訳:このように働いて30年)」が注目を集めた。
しかしその後、中国のネット上から、この動画が削除されたことがわかった。
そこに映っているのは、大勢の「農民工」であった。農民工とは「農村に戸籍をもつ、出稼ぎ労働者」を指す。必ずしも、農業を兼業をしている「農民の季節労働者」ということではない。
動画は約11分からなっており、主に安徽省合肥市の農村出身の出稼ぎ労働者たちが直面する厳しい現実について記録している。現在は、動画が削除されただけでなく、中国のSNSなどでは「この動画に関係する話題」も検閲に遭っている。
(全編動画はこちら)
合肥市には、出稼ぎ労働者が集まる「仕事探し市場」が3つあり、動画はそのうちの1つを映している。
「仕事探し市場」といっても、公的な職業あっせんサービスではない。そこはただ、日雇い仕事を探す労働者が大勢集まり、道端で声をかけながら立っているだけの場所である。
まして昨今の不景気を反映してか、日雇い仕事さえも得られない労働者のため息が残るばかりで、重い絶望感が漂っている。
この日は、夜明け前の午前4時ごろから仕事探しの人が集まっていた。午前中だけで約1千人ほどの出稼ぎ労働者が、ここに集まってくる。
実際のところ、ここに集まる労働者の多くが「55歳以上」である。
「建設現場では、55歳以上の労働者を雇ってはならない」という規定があるため、彼らは穴掘りやゴミの運搬、壁の取り壊しなどの、極めて低賃金で、単純な肉体労働の仕事しか得られない。
中国経済がまだ良好で順調な発展をみせていた頃でも、ここで日雇い仕事を探す彼らは、裕福にはなれなかった。彼らは長年にわたり、中国の経済活動の最底辺に置かれてきたのだ。
そして今、中国経済の急速な衰退によって、彼らは巨大な圧力にさらされている。
「仕事がない。すごく焦っている。夜も眠れない。時計ばっかり見ている。心は本当に疲れたよ」。そう話す間にも、涙が知らず知らずのうちに流れているのは董桂蘭さん(女性、57歳)である。
董さんは今、体調が悪いという。手も凍りついたように冷たい。それでもお金がないため「病院には行けない」という。彼女はすでに2か月分の家賃を滞納している。
汪さん(男性、49歳)は、16歳からこの街で働いて33年になる。
「私は内装の職人だ」という汪さんだが、実際にはゴミ運びから雑用まで何でもやる。給料に対する要求も高くない。とにかく「仕事があれば、なんでもやる人」だ。
この日は、なんとかして「穴を掘る仕事」にありついた。ところが、いざ仕事場へ向かおうと出費覚悟でタクシーに乗った途端、雇い主から「仕事は別の人に回した。あんたは要らないよ」と告げる電話がかかってきた。
非情な雇い主に振り回された汪さんは「この仕事は、物乞いをするのと同じようなものだよ」と力なく言った。まだ50歳前だが、その年齢よりも明らかに老いて見える。
汪さんの携帯電話には「医療保険料の支払いを催促するメール」が来ていた。しかし、ずっと仕事がないため、380元(約8千円)の保険料を払えないという。
今日も仕事にありつけなかった汪さん。やむを得ず、無料の昼食を施してもらう場所に行くしかなかった。
ここへ来る出稼ぎ労働者のために、路上で無料の昼食を提供しているボランティアの人がいる。「陳さん」という、まだ若い男性だ。
陳さんによれば「ここへ無料の昼食を食べに来る人は、増えている」という。多い時は200人を超えるそうだ。
年配の農民工に対して、陳さんはこう尋ねたことがある。「あなたは65歳、いや68歳の高齢なのに、なぜまだ働くのですか」。
すると、その人から、こんな答えが返ってきたという。「うちの子供たちは、自分の生活で精一杯だ。だから私は(子供に)迷惑をかけたくない。自分の老後のためにも、お金を稼がなければならないんだ」。
動画のなかには、おそらくは仕事の奪い合いが原因であろう、2人の労働者が取っ組み合いのケンカをするという、心痛む場面も捉えていた。
動画は、この世代の農民工について、次のように表現している。
「彼らは幼い時から、お腹いっぱいにごはんを食べられなかった。お腹いっぱいに食べられるようになった時には、もう肉体労働の仕事を始めていた。その後は、出稼ぎ労働ばかりだ。そして年を取っても、働かなければならない。彼らは(労働者として)たくさんの家を建てた。だけど、どれも彼らの家ではない」
中国国家統計局によれば、2022年の中国における農民工の総数は「約2億9562万人」とされている。
中共政府が公表したこの数字に、どのくらい信憑性があるかは、ここでは触れない。仮に「概ね正しい」としても、なんと3億人ちかい民衆が、農民工という不安定で、極めて低賃金の出稼ぎ労働者であるという、驚くべき事実が浮かび上がってくる。
労働者である彼らは、生きるために必死で働こうとしている。決して「非生産的な階層」ではない。しかし、彼らの生きる手段である仕事を、中国共産党の現政権は、彼らに供給できていないのだ。
「外敵をつくって民衆の批判の矛先を逸らす」のが中共の常套手段であるが、いくらごまかしても日本や米国に責任転嫁できない、中国国内の悲惨な現状がそこにある。
そのため中共当局ができるのは、ネット上の不都合な情報を削除することしかない。
この動画は投稿後、すぐに削除された。しかし、中国の多くのネットユーザーが注目し、自分のアカウントにこの動画をアップロードしたことで広く知られるとともに、削除した中共当局に対して批判が殺到した。
「当局は、何を恐れているのか」「中国人のリアルな生活に触れることが、タブー(禁忌)だなんて」「この土地(中国)で真相を探求しようとすれば、あなたはすでに『国家政権の転覆罪』の疑いがある、と見られてしまう」
「网易新聞」は2022年末にも、感染症対策としての封鎖がもたらした中国国内の悲劇に焦点を当てた動画「生活のために努力する平凡な人々へ(致敬每一個扛住了生活的平凡人)」を公開した。
そのほか「鉄の鎖の女性事件」や「唐山集団暴力事件」などに関する動画も公開している。
しかし、それらの動画は、いずれも中共当局によって削除されている。
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