【寄稿】もしトラで揺れる台湾の未来 頼清徳政権の難しい舵取り

2024/05/27 更新: 2024/06/13

日本が命綱の頼清徳政権

5月20日、台湾の民進党主席、頼清徳氏は正式に台湾の総統に就任した。就任式には海外から51団体、およそ500人が参加したが、これは2016年の蔡英文氏の就任式のときの59団体、約700人参加を明らかに下回る。

ところが日本の国会議員は2016年には12人に対して今回31人と激増している。これに応じる形で台湾側は就任式後に日本の訪問団だけに昼食会を設けたという。台湾と国交を結ぶ国々が減りつつある中で、日台はかえって緊密さをアピールした形である。

これに苛立ちを隠せないのが中国(共産党)だ。同日、呉江浩駐日大使は、在日中国大使館で開かれた座談会の場で、日本が「台湾独立」や「中国分裂」に加担すれば「民衆が火の中に連れ込まれることになる」と述べたという。

これは、日本に対する武力攻撃を示唆したとも取れる重大な発言だが、実はこの物騒な発言は、初めてではない。昨年3月に駐日大使として着任した呉大使は同年4月28日に日本記者クラブで初の記者会見に臨んだ。

その席で、「台湾有事は日本有事」という日本側の発言に反発する形で「日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」と発言している。日本側は外交ルートを通じて抗議したとのことだが、本来であれば、外務省に大使を呼び出して抗議をすべきであった。

そうしなかったことで再び中国大使に脅迫的な発言を許してしまったのである。

岸田演説に酷似した頼演説

頼総統の就任演説について、笹川平和財団上席フェローの渡部恒雄氏は「岸田さんの米議会での演説と似ていて、アメリカ側の求めている内容をよくつかんでいる」とコメントしている。

岸田総理の4月11日の米国上下両院合同会議での演説は、米国側が起草したのではないかと疑われるほど、米国の要望に沿った内容だった。議場が割れんばかりの拍手喝采の渦となったのは、いわば当然だとも言えよう。

だが実は米共和党議員の一部が拍手を見送った場面があったのだ。その場面は岸田総理が「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と述べたところで、演壇背後のジョンソン下院議長は拍手をしなかった。

ロシアのウクライナ侵攻を許すと、中国は台湾侵攻が許されると考えるだろうから、ロシアのウクライナ侵攻を断固阻止することが台湾を守ることになるというのが、バイデン政権及び米民主党の主張である。

しかし米共和党の一部には、ウクライナへの軍事支援で台湾への武器供与が後回しになっていることを懸念し、ウクライナへの支援を打ち切って台湾に回すことが台湾を守ることになるとの主張が存在する。

したがって岸田総理の発言は、民主党に沿ったものと捉えられ、共和党の一部は拍手を見送ったのであろう。

バイデンに擦り寄った新政権

5月9日に台湾の有力政治家である呉釗燮(ご しょうしょう)氏が米誌フォーリン・アフェアーズに「ウクライナを守ることで台湾を守る」という論文を寄稿した。呉氏は9日の段階では蔡英文政権の外相であったが、現在は頼清徳政権で国家安全会議の秘書長であるから、民進党政権の外交安全保障の重鎮ともいうべき存在である。

したがって、この論文は頼清徳政権の外交安保政策の指針を示していると言っていいだろう。

その論旨は米民主党の主張に沿ったものだ。つまり、米国を含む民主主義国はウクライナへの軍事的ないし人道的支援を継続しなければならず、それが台湾防衛につながるとして、4月20日に米議会がウクライナへの支援を決めたことに歓迎の意を示したのである。

だがこの論旨は、4月11日に岸田総理が米議会で示した見解と同様であり、そのときジョンソン下院議長は拍手をしなかったのだ。つまり共和党の一部を怒らせるのに十分な論旨なのである。

共和党の怒り

呉氏の論文が発表された二日後の5月11日に、台湾の英字紙タイペイ・タイムズに米共和党の激烈な反発を示す論文が掲載された。筆者はエリブリッジ・コルビー氏、トランプ政権で国防次官補代理を務めた人物で、対中強硬派の論客である。

彼の従来の主張は、上記の共和党の一部の主張と一致する。つまり「米国はウクライナよりも台湾防衛を優先せよ」という主張だ。

ところが台湾の新政権が米民主党に同調し、「ウクライナを優先して構わない」と言い出したものだから、怒りが心頭に発したのであろう。「台湾は、中国が攻めてきたら本当に戦う気があるのか。台湾が戦う気がないのに、米国が戦うことはありえない」という論旨を展開したのである。

昨年9月、台湾の初の国産潜水艦「海鯤」が進水した。米国が全面的な技術協力をしている最新鋭の潜水艦だが、中国に機密が漏洩していることが明らかになった。台湾の検察が捜査に乗り出しているが、いまだに真相は解明されていない。

こうした事態もあって、台湾国防軍の中には今でも中国共産党のスパイがウヨウヨいると言われているのである。

台湾の難しい舵取り

コルビー氏は、台湾の防衛費の少なさを問題視している。台湾の防衛費はGDP2.5%だ。米国は3.5%、ウクライナの隣国でロシアの侵略の脅威にさらされているポーランドの4.5%に比べて、台湾は中国の侵略の脅威に対処しようとしているとは思えない。

ならば台湾が防衛費を大幅に増額すればよいはずだが、今年1月の総選挙で与党民進党は国会で過半数割れになっている。

就任式の3日前の5月17日、台湾の国会は大荒れとなった。野党の国民党の提出した国会改革法案を少数与党の民進党が体を張って阻止しようとして乱闘となり、議員6人が病院に搬送された。

総統就任3日前のこの騒ぎを見れば、野党は新政権に協力するつもりは全くないことが明らかであり、防衛予算の大幅な増額など望むべくもない。

もしトラの予言が囁かれるなか、誕生したばかりの頼清徳政権は困難な舵取りを迫られている。

(了)

軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。
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