「大きくて美しい法案」米上院で薄氷の通過 下院で波乱も

2025/07/02 更新: 2025/07/02

7月1日正午、米上院は、トランプ米大統領の主要政策を盛り込んだ「大きくて美しい法案(One Big Beautiful Bill Act)」を可決した。採決は前日から続いた票決マラソン(vote-a-rama)の末に行われ、賛否同数の50対50となったが、J.D.副大ヴァンス統領が決着票を投じ、法案成立が確定した。

共和党のランド・ポール、トム・ティリス、スーザン・コリンズの3議員は、反対票を投じた。一方、リック・スコット、ロン・ジョンソン、ジョシュ・ホーリー、リサ・マーカウスキーら、当初慎重姿勢を示していた議員は、最終的に賛成に回った。

中道派の間では、メディケイド(低所得者向け医療保険)への削減幅が大きすぎるとの懸念があったほか、財政保守派からは「歳出削減が不十分」との批判が出た。

法案成立に向け、スーン氏は、夜を徹して党内調整にあたり、複数の議員が提出した修正案を反映させるなど、数週間にわたる交渉と妥協を経て、最終案が取りまとめられた。

今回の可決は、トランプ氏にとって大きな政治的成果だ。法案には、国境警備の強化、2017年の減税措置の延長、いわゆるグリーンエネルギー関連の税控除撤廃、チップや残業代の非課税化など、2期目の主要政策が盛り込まれた。

法案は今後、上院で修正が入ったので、再び下院での審議に移り、マイク・ジョンソン下院議長は、保守派と中道派の双方を取りまとめ、可決に導けるかどうかが問われるという。

議会は独立記念日(7月4日)までの法案成立を目指してきたが、下院での審議日程を考慮すると、期限内の可決は厳しいとの見方も出ていて、トランプ氏は1日、記者団に対し、期限延長にも柔軟に対応する意向を示した。

共和党のジョン・ケネディ上院議員は、採決前に「7月4日までにすべて終えるのは難しいだろう」と述べた。ジョンソン議長は「非常に前向きに考えている」と語ったが、2日以内の可決については明言を避けた。

下院へ送付

米上院で可決された「大きくて美しい法案」は、上院で下院案に修正が入って可決 され、次の舞台となる下院へと戻された。リンジー・グラム上院予算委員長(共和・サウスカロライナ州)によると、トランプ大統領は、採決前に上院議員らに直接電話をかけ、支持を呼びかけていたという。グラム氏は記者団に対し、「大統領は非常に積極的に関与した」と語った。

トランプ大統領は採決後、自身のSNSに「もはや下院法案でも上院法案でもない。これは「みんなの法案だ」と投稿し、下院での団結を呼びかけた。

「スケジュール通りに進んでいる。この勢いを保ち、家族と7月4日の休暇に出かける前に終わらせよう」とも書き込み、早期成立への意欲を示した。

同日発表された声明で、マイク・ジョンソン下院議長(共和・ルイジアナ州)をはじめとする下院共和党指導部は、法案の可決に自信を示した。ジョンソン議長、スティーブ・スカリス下院院内総務(ルイジアナ州)、トム・エマー院内幹事(ミネソタ州)、リサ・マクレイン議員(ミシガン州)による共同声明では、「下院共和党は、この仕事を完遂し、法案を独立記念日までに、トランプ大統領の元へ届ける準備ができている」と述べた。

ただし、一部の共和党議員は、なお慎重な姿勢を崩していない。特にメディケイド(低所得者向け医療保険)への影響をめぐり、さらなる審議を求める声もある。

アラスカ州選出のリサ・マーカウスキー上院議員は、記者団に対し、「より良い結果を国民にもたらすために、法案には、さらなる手続きが必要だとホワイトハウスにも党指導部にも伝えた」と述べた。マーカウスキー氏は、法案に一部懸念を抱きつつも、アラスカ州の地方病院支援などが含まれている点を評価し、賛成票を投じたという。

ジョン・スーン上院院内総務は「上院は下院から送られた案をより強化・改善したと考えている」と述べ、下院が上院修正案を受け入れることに期待を示した。

一方、民主党のチャック・シューマー上院院内総務は、採決後の本会議で演説し、法案を改めて批判した。「今日の採決は、今後何年にもわたり共和党議員を悩ませることになるだろう」と述べ、減税措置が「恥ずべき内容だ」と断じた。民主党側は、同法案が「富裕層の減税を優先する一方で、低所得者層の医療保障を犠牲にしている」と主張した。

シューマー氏はまた、法案がメディケイドや食料支援、国家債務に与える影響を指摘し、「これこそが、国民が望んでいない内容だ」と批判した。なお、同氏は以前、法案名「大きくて美しい法案」を正式名称から削除する動議も提出していた。

法案は、7月2日に下院で採決される予定。

「票決マラソン」で上院大詰め 35時間の審議と24時間超の交渉を経て可決

上院では、法案の採決に向け、6月28日から30日未明にかけて35時間に及ぶ審議が行われた。法案可決に必要な手続きとして、6月30日午前9時からは「票決マラソン(vote-a-rama)」と呼ばれる一連の採決が開始された。

「vote-a-rama」とは、予算調整措置(budget reconciliation)に基づく法案に対して提出された複数の修正案を、短期間で次々と採決する手続きのことで、上院ではこの手続きを経ることで、通常60票を要する法案可決を、単純多数(51票)で成立させることができた。

今回の法案は全940ページに及び、その全文朗読だけで16時間を費やした。これは民主党のチャック・シューマー上院院内総務が要求したもので、審議入りを意図的に遅らせる戦術とみられた。

「票決マラソン」が行われた6月30日、議事堂内は緊張感に包まれ、スピード感ある展開が続いた。共和党のジョン・カーティス上院議員は、「裏で動いていることがあまりに多すぎて、すべてに対応しきれない」と苦笑しながら記者団に語った。

正午の本会議で行われた最終採決は、24時間を超える交渉と駆け引きの末に実現し、法案に修正を加えようとする数名の共和党議員が、深夜を通して、活発にロビー活動を行った。

上院 土壇場で修正加え可決へ 

上院は法案の可決に向け、投票直前まで内容の修正を続けた。主な変更点には、地方病院の支援措置、州によるメディケイド提供者税(provider tax)に関する規定、そして中国からの一部輸入品に対する物品税の見直しが含まれた。

■ 地方病院の安定化基金

法案には、メディケイド支出の削減が財政的に厳しい地方病院に悪影響を及ぼすとの懸念に対応する形で、「地方病院安定化基金(rural hospital stabilization fund)」の創設が盛り込まれた。スーザン・コリンズ上院議員は、この基金規模を従来の250億ドルから500億ドル(5年間分割支給)に倍増するよう上院に求めた。

■ メディケイド提供者税(provider tax)

一部の州が連邦補助金を最大化するために用いている「メディケイド提供者税」に関しては、州による課税権限を制限する条項が法案に残されたままとなった。これは、州が医療機関に税を課し、同額の補助金を連邦から引き出す手法への制限となる。

法案はまた、この提供者税制度の実施のため、保健福祉省(HHS)に2000万ドルを拠出すると定めた。当初案の600万ドルからの大幅増額となる。

■ 対中再エネ製品関税は削除

一方で、中国から輸入される風力・太陽光発電関連製品に対する物品税を新たに課すという案は、最終的に法案から削除された。

メディケイド削減に対する異論と反発

6月29日、共和党のトム・ティリス上院議員は、2026年の再選を目指さない意向を公表した上で、法案への反対を明言した。その理由として、メディケイド(低所得者向け医療保険)に対する削減条項を強く批判した。

同日の上院本会議でティリス氏は、「この法案は、メディケイドを守るとしたトランプ大統領の選挙公約に明確に反する。私はトランプ氏がこの削減内容について、誤った説明を受けていると考えている」と発言した。

現行案では、健康な成人がメディケイド給付を受けるには月80時間の就労要件を満たす必要があるとされており、さらに州が病院や医師に課す「提供者税」の上限を引き下げる内容も含まれていた。

共和党のランド・ポール上院議員は、法案に含まれる債務上限の5兆ドル引き上げに強く反対した。ポール氏は、かねてより「この条項が削除され、別途採決されるのであれば賛成に回る」との立場を表明しており、採決当日もその姿勢を崩さなかった。

下院で起こりうる論争

法案が上院を通過し、次は下院での審議が始まるのだが、法案の最終可決に向けては、共和党内で複数の争点が再燃する可能性があり、波乱含みの展開が予想される。

■ メディケイド削減に懸念 中道派が揺れる

とりわけ注目されているのが、メディケイド削減に対する懸念だ。ニューヨークやカリフォルニアといった民主・共和が拮抗する州選出の共和党議員にとって、これは大きな政治的リスクとなり、これまで、共和党のニコール・マリオタキス下院議員をはじめとする中道派議員らは、法案の手続き上の通過に協力してきた。しかし、最終採決では立場を変える可能性もあり、一方で、保守派からのさらなる異論も見込まれる。

■ 再エネ税制の復活に反発 草案修正が火種に

共和党のチップ・ロイ下院議員はクリーンエネルギー関連の税控除に強く反対する立場を貫いてきた。これらの控除を迅速に撤廃することは、保守派が法案に賛成するための前提条件とされていた。しかし、上院で可決された法案には、再エネ税制の一部が維持される見通しとなり、ロイ議員をはじめとする保守派の強い反発を招く可能性がでた。

■ 赤字拡大への批判 「合意違反」と保守派が糾弾

下院の保守系議員連盟「フリーダム・コーカス(House Freedom Caucus)」は、6月30日にX上で声明を発表し、「下院の予算枠組みは明確だった──『新たな財政赤字は認めない』。しかし上院案は、利払い前の段階で6510億ドルの赤字を追加した。利子を含めればその数字は倍増する。これは財政責任ではない。我々が合意した内容でもない」と非難した。

同声明ではさらに、「上院は大幅な修正を行い、下院で合意した予算枠組みに概ね準拠した水準にまで引き戻すべきだ。共和党はもっとしっかりせねばならない」と訴えた。

■ 債務上限引き上げに反発広がる ポール氏の主張に同調

また、ポール上院議員が主張してきた債務上限の5兆ドル引き上げに対しても、下院保守派から強い反発が出た。これは、当初の下院案より1兆ドルも多い水準であり、反対の声は党内で広がりを見せている。ラルフ・ノーマン下院議員を含む複数のフリーダム・コーカスメンバーは、このような大幅な債務上限の拡大に、以前から強く反対しており、委員会作業の開始を認めるための予算設計にも、最初は賛成しなかった経緯があった。

■ イーロン・マスク氏が警告 「次回予備選で落とす」

6月30日、上院での採決が進む中、イーロン・マスク氏がXに投稿し、政府支出の削減を公約に掲げて当選しながら今回の法案に賛成票を投じた共和党議員に対し、「次回の予備選で落選させる」と強く非難した。

「支出削減を公約して当選したにもかかわらず、史上最大の債務上限引き上げに賛成した議員は、恥を知るべきだ。たとえ私の人生最後の行動になったとしても、彼らを来年の予備選で落選させる」と投稿した。

■ 財政赤字3.25兆ドルの見通し 下院での論点に浮上か

6月27日に公表された議会予算局(CBO)の試算によると、この予算調整法案により、今後10年間で約3兆2500億ドルの財政赤字が追加される見通しとなった。

この見積もりは、中道派・保守派を問わず、下院議員にとって懸念材料となり、法案成立を目指すには、こうした数値への説明責任が問われる可能性が出た。

こうした数々の課題がある中でも、共和党のマークウェイン・マリン上院議員は、記者団に対し、「我々は、下院でも通せる法案を通過させたと考えている」と述べ、成立への楽観的な見方を示した。

大紀元のワシントン特派員。 ワシントン政治を中心に、政治とスポーツ、スポーツと文化の交差点についても取材・報道を行っている。 過去には、Mediaiteのライターや、Jewish News Syndicateのワシントン特派員を務めた。 また、The Washington Examinerにも寄稿したことある。 ジョージ・ワシントン大学卒業。
エポックタイムズ記者。主に議会に関する報道を担当。
エポックタイムズの政治記者
エポック・タイムズ記者。国政を担当し、エネルギーと環境にも焦点を当てている。核融合エネルギーや ESG から、バイデンの機密文書や国際的な保守政治まで、あらゆることについて書いている。米国シカゴ拠点に活動。