米 ウクライナ軍事援助一時停止の背後にあるコルビー氏の中共対抗戦略

2025/07/16 更新: 2025/07/17

アメリカがウクライナへの軍事援助を一時停止した背景には、国防総省の政策責任者エルブリッジ・コルビー氏による対中戦略の転換がある。アメリカの武器庫逼迫や台湾防衛強化、AUKUSなどインド太平洋戦略の見直しは、日本やオーストラリアを含む同盟国への責任分担要求とも直結する。

アメリカ政府内で最近混乱が生じ、ウクライナへの武器援助の一部を一時停止した。この措置の背後には、国防総省の現職最高政策官エルブリッジ・コルビー氏の主張がある。

エルブリッジ・コルビー氏は注目すべき戦略家である。「ウォール・ストリート・ジャーナル」によれば、彼は2025年6月初旬にピート・ヘグセス国防長官に宛てて覚書を提出し、ウクライナ側が求める武器の供与量を詳細に分析した。コルビー氏は、こうした支援が続けば、アメリカの武器在庫が枯渇しかねないと警告した。この覚書に援助停止を明記してはいなかったが、国防総省の意思決定に大きな影響を及ぼした。

最終的に、トランプ大統領が停止措置を撤回したが、コルビー氏の警告は「アメリカの武器庫が逼迫している」という懸念を広げた。

「優先的関与」戦略とは何か

現在、コルビー氏は次期「国家防衛戦略」の策定を主導しており、その発表は8月末に予定している。新たな戦略は、従来の枠組みとは異なり、ヨーロッパや中東への過度な戦略的関与を見直し、中国共産党(中共)との対峙に焦点を合わせる内容となる。特に台湾防衛体制への資源集中を明確に打ち出している。

オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)は、コルビー氏の戦略思想を「優先的関与」と位置づける。これは全面撤退を意味せず、最も重要な目標へ資源と力を集中するアプローチである。コルビー氏は「中共こそが過去150年でアメリカが直面する最大の敵」であると断言し、中共の行動を抑止するために資源配分を再調整すべきだと主張する。また、「現在の米軍には一度に複数の大規模戦争を遂行する能力はない」との現実認識のもと、同盟国に対してより積極的な責任分担を求めている。たとえば日本やオーストラリアには、中共が台湾へ軍事侵攻を開始した場合の具体的な対応を明言するよう促している。この姿勢は、従来のアメリカが取ってきた「戦略的曖昧さ」からの明確な転換である。

英米豪安全保障同盟(AUKUS)による原子力潜水艦の供与計画に対しても、コルビー氏は慎重な姿勢を取っている。アメリカの潜水艦配備に既に限界があるなかで、さらにオーストラリアに供与すれば、米海軍の即応力に悪影響が及ぶとの懸念を持つ。この立場は反対というより、アメリカの国益を損なわないための現実的な再調整を意図している。

アメリカ防衛の中核

こうしたコルビー氏の戦略観は、2021年に出版した著書『拒止戦略:大国衝突時代のアメリカ国防(The Strategy of Denial)』で明確に説明している。また、米国防総省の「戦略多層評価(SMA)」セミナーでは、次の3点をアメリカ防衛の中核に据える必要があると述べた。

1) 中共による台湾侵攻の阻止

2) 核抑止力の強化

3) 低コストの対テロ作戦の継続

コルビー氏は「米軍の備えが万全であれば、中共との戦争の可能性はむしろ低下する」と指摘し、逆に備えが不十分であれば戦争の危機は高まると警鐘を鳴らす。

ただし、このような戦略転換は政治的に容易ではない。特に共和党のタカ派議員からの批判が強く、上院議員トム・コットン氏や当時の上院少数党リーダー、ミッチ・マコーネル氏は「アメリカの国際的影響力が縮小する」と公然と非難した。しかし、現トランプ政権内では、J.D.ヴァンス副大統領ら保守派の高官がコルビー氏を高く評価し、「彼は極めて明晰かつ現実主義的である」と支持を表明している。

コルビー氏が主導する戦略転換は、インド太平洋全域の安全保障構造に大きな変化をもたらす可能性を秘めている。これは、アメリカが中共抑止に向けた態勢を強化すると同時に、同盟国がより積極的に防衛責任を担う新たな国際秩序の形成を意味する。

唐青