中国と台湾の関係は、ここ数年ずっとピリピリした状態が続いている。そうした中、中国政府は台湾総統の発言をめぐり、批判的な記事を官製メディアに掲載した。
ところが、その記事のコメント欄は思わぬ方向へ進んだ。台湾総統を批判するはずが、いつの間にか失業相談の書き込みが並び始めたのである。
中国共産党政府は台湾を「自国の一部」と位置づけ、台湾側の動きに神経をとがらせてきた。特に頼清徳(らい・せいとく)総統は、中国に距離を取る姿勢を鮮明にしており、北京側との関係は就任前から緊張気味だった。
そうした中、頼総統が海外メディアの取材で中国経済の現状に触れ、「領土を広げることより、人々の暮らしをどう支えるかを考えるべきだ」と発言した。台湾として協力する用意があるとも述べたことから、中国共産党政府は強く反発した。
中国で台湾政策を担当する国台弁は、この発言を「身の程をわきまえないものだ」と批判し、中国経済は主要な指標も良好で、活力と粘り強さを備えていると強調した。官製メディアも、この主張に沿った形で頼総統を非難する記事を掲載した。
しかし、その記事のコメント欄では、公式の説明とはまったく違う空気が広がった。
「湖北(省)に来て助けてほしい」「河南(省)が先だ」「いやいや甘粛(省)は本当に厳しい」「東北で一度試してから全国に広げてはどうか」。各地の名を挙げながら、半ば冗談、半ば本気で助けを求める声が次々と書き込まれた。
多くの投稿で、頼清徳総統は「頼総」と呼ばれていた。中国語の「総」は、総統よりも社長や会長を思わせる呼び方で、「頼れる上の人」という軽いニュアンスを含む。
そのためコメント欄は、次第に政治とは関係のない具体的な失業相談で埋まっていった。
「月6千元(約13万円)で土日休みの仕事はあるか」「月4500元(約10万円)でいいから、家族を養える仕事がほしい」といった書き込みが相次ぎ、「ネットローンの取り立てで限界だ、助けてほしい」という声も見られた。
中には、「台湾で働きたい」「台湾に住む条件を知りたい」「台湾人になれないか」と移住を望む声もあった。さらに、「汚職官僚を取り締まるなら、どこにいるか案内する」
と書き込むユーザーもいた。汚職官僚を一網打尽にするなら、裏切り者になってでも案内役を買って出る、という皮肉だ。
コメントは一時3万件を超え、その多くが政治批判ではなく、仕事や生活への不安を訴える内容だったとされる。しかし、こうした投稿はほどなく削除された。
背景には、中国経済の減速がある。都市部では人口流出や外資撤退が続き、不動産会社の経営破綻や企業倒産も相次いでいる。かつて人でにぎわっていた商業地区が、閑散とした風景に変わった都市も少なくない。
台湾総統を批判するために出された記事が、失業相談の場に変わり、やがて消えていった。強気な公式発表と、コメント欄ににじみ出た本音。その落差が、いまの中国社会の空気を静かに映し出している。


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