南米ベネズエラの独裁的な大統領、ニコラス・マドゥロ氏が拘束されたとの報が伝わると、中国のネット空間では思わぬ反応が広がった。中国も独裁体制の国であるため、利用者の多くはこのニュースを、すぐに「別の独裁者」と重ね合わせた。最高指導者を名指しで批判できない中国では、遠回しな皮肉や言葉遊びが、本音を伝える手段になっている。
中国本土の抖音(中国版TikTok)では、冗談めいた書き込みが相次いだ。
「トランプさん、独裁者はまとめて米国に『招待』してしまえばいいんじゃないか」
一見、穏やかな言い回しだが、ここで言う「招待」とは、拘束して連行することを皮肉った、中国ネット特有のブラックジョークである。
米軍の行動力を持ち上げる投稿も目立った。
「大統領を捕まえるのが、ひよこを捕まえるより早い」「仕事が早すぎる」。
称賛の形を取りながら、話題は次第に「捕まったのは誰か」ではなく、「捕まらなかったのは誰か」へと移っていく。
とりわけ多く使われたのが、流行語として定着している
「可惜不是你(あなたでないのが惜しい)」というフレーズだ。
これは本来、マレーシア出身の歌手・梁静茹のヒット曲のタイトルだが、中国のネット空間では、事件の当事者や話題の中心となった人物について、「別の人物だったらよかった」という不満や当てこすりを表す言葉として使われてきた。

今回もネット上には、「可習不是尼(惜しかった、習じゃなかった)」「惜しかった、あの人じゃなかった」といった書き込みがあふれた。
中国語では「惜」と「習」が同じ発音のため、「惜しかった」という言葉が、そのまま「習だったらよかった」という意味に重ねて読める言葉遊びになっている。
暗に示されているのが、中国の最高指導者である習近平であることは、誰の目にも明らかだ。直接名前を書けば削除されるため、こうした流行語や言い換えが、ネット上での共通言語として機能している。
こうした反応は中国国内にとどまらない。海外のX(旧ツイッター)の中国語圏でも、「中国の人々は、独裁者が連行される日を待ち続けて、もう足がしびれている。アメリカ、もっと急いでくれ」といった冗談交じりの投稿が拡散した。
強い表現や名指しの批判が許されない環境では、流行歌や言葉遊びが本音を託す器となる。マドゥロ氏拘束をきっかけに再び広がった一連の投稿は、中国ネット世論に根深く残る不満と閉塞感を、分かりやすい形で浮かび上がらせている。

政治と無縁の歌が「危険な歌」になる国
流行歌「可惜不是你(あなたでないのが惜しい)」をもじった言葉遊びは、今回が初めてではない。
2023年10月、中国の李克強前首相が「心臓発作で急死した」と官製メディアが報じた際にも、同じ表現がネット上に広がった。
あまりに突然の死をめぐって疑念が広がる中、この一文が「亡くなったのが、別の人物だったらよかった」と読めてしまうためだ。その結果、この曲は当局の監視対象となり、音楽配信サービスなどから関連情報が次々と削除された。
本来、この歌は失恋をテーマにした、政治とは無縁のラブソングである。だが、タイトルや歌詞の一節が権力者を連想させるという理由だけで、繰り返し封じられてきた。
2022年に元中共党首・江沢民元が死去した際も同様に検閲の対象となり、さらに安倍晋三元首相が銃撃で亡くなった後には、中国のネット上で「あなたでないのが惜しい」「あの人だったらよかったのに」といった皮肉が相次ぎ、当局の警戒を招いた。そして2023年には、李克強中国前首相の突然の急死をきっかけに、この曲は再び投稿が相次ぎ、中国当局が血眼になって削除する事態となった。
こうして振り返ると、「可惜不是你(あなたでないのが惜しい)」が問題視されてきた理由は、歌そのものにあるのではない。直接名前を書けない環境の中で、この短いフレーズが、何度も不満や当てこすりを伝える手段として機能してきたことにある。
マドゥロ氏拘束をめぐる今回の言葉遊びも、その延長線上にある現象だ。軽い冗談のように見えても、その背後には、検閲と沈黙が長年積み重なってきた現実がある。
一つの流行歌が何度も禁じられてきたという事実は、中国のネット世論が置かれている不自由さを、雄弁に物語っている。
(マレーシア出身の歌手・梁静茹のヒット曲「可惜不是你」。邦訳は「あなたでないのが惜しい」。英題は「Unfortunately Not You」。公式ミュージックビデオ)

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