中国 生き残るために「私は使えない」と叫ばせる国

「私の臓器は使えないぞ!」 中国で子供を守るための防衛戦

2026/01/25 更新: 2026/01/25

この頃、華人圏のショート動画プラットフォームで、ある奇妙な防犯アドバイスが繰り返し流れている。
「もし連れ去られそうになったら、とにかく大声で叫べ。
『私はエイズだ』『肝炎がある』『結核だ』と」

要するに、「臓器移植に適していない病気」であれば何でもいい。
周囲に感染の恐れがあるのなら、なおいい。

「ためらわず叫ぶのだ。そうすれば、その瞬間に「価値」を失い、解放される」という。

一見するとブラックジョークのようだが、理由を知ると笑えない。
臓器移植では、HIVなどの感染症、重いアレルギー、免疫異常がある場合、移植そのものが成り立たない。
健康で、感染症がなく、免疫状態が安定していることが前提であり、それを欠く人間は、そもそも「使える品質」ではない。

つまり、病気があると分かった瞬間に「対象外」になる。
「私は使えない」と叫ぶことが、命を守る最後の防衛線として成立してしまう社会なのである。

 

イメージ画像。(Shutterstock)

 

この感覚を象徴する言葉が、中国のネット上で広く使われている
「零件保衛戰」だ。

「零件」とは、本来、機械や製品に使われる「部品」を意味する言葉であり、人間の身体に用いる表現ではない。
しかし、臓器を奪うためなら殺人も辞さないと恐れられてきた現代中国では、臓器はいつしか「零件」と呼ばれるようになった。

人を人としてではなく、「交換可能なモノ」として扱う現実。
その残酷さを逆手に取り、人々はあえて自分たちを「零件」と呼ぶ。
それは怒りというより、自嘲に近い。
自分たちは、金持ちや特権階級にとっては虫けらのような存在であり、奪われる側に回る運命にある。
そうした諦めを引き受けた言葉でもある。

この空気が一気に広がるきっかけとなったのが、今月、中国・河南省新蔡県で発生した中学生の死亡事件だった。

この事件が強い不信を招いたのは、少年が校内で死亡した直後、遺族の到着前に遺体を搬出しようとした動きがあり、さらに遺体に胸部の針痕と口元の出血が確認され、臓器を抜き取られた可能性を連想させる痕跡があったと受け止められたためである。
にもかかわらず、当局は十分な説明を示さないまま、翌日に「刑事事件ではない」と結論づけた。

 



河南省 高校生が校内で不審死 臓器収奪の疑いも?

中国・河南省新蔡県の高校で、男子生徒が校内で死亡する事件が発生した。公安当局は速やかに「刑事事件ではない」と発表したが、あまりに早急な結論であったことから、多くの市民が強い疑念を抱き、数日間にわたって抗議活動が続いている

 

説明されない死は、瞬く間に社会全体の恐怖へと姿を変えた。
「次は自分の子どもではないか」
その思いが、親たちを行動へと駆り立てた。

そうした中、中国の医師が投稿した一本の動画が注目を集めた。
女性医師がオレンジの皮をむきながら、画面にこう字幕を出した。
「今後、学校から健康資料の記入を求められたら、必ず『アレルギー体質』と書きなさい。理由は聞かなくていい。その通りにすればいい」

この動画は短期間で多くの「いいね」と転載を集め、コメント欄には保護者の声があふれた。
「なぜアレルギー体質?」との問いに対し、「免疫に問題があると臓器移植で拒絶反応が起きやすい」「移植対象として避けられる」といった説明が寄せられた。

さらに、「病院で慢性疾患の診断を受けて記録を残す」「アレルギー検査をして履歴を作る」といった、より踏み込んだ自己防衛策も議論されるようになった。

さらに深刻なのは、学校に通わせること自体をやめるという判断が広がっている点だ。
SNS上では「もう勉強はいい。生きていてくれればそれでいい」「休学して命を守る」と公言する保護者の投稿が連鎖的に広がっている。

叫べ、「私は使えない」と。
書け、「うちの子はアレルギー体質だ」。
通わせるな、学校は危険だ。

それが真剣に語られ、実践されている社会は、もはや異常というほかない。
だが同時に、それ以外の選択肢が見えないほど、人々は追い詰められている。

「零件保衛戰」という言葉が、冗談でも比喩でもなく、現実の行動指針として共有されている。
その事実こそが、いまの中国社会で静かに進む恐怖と信頼崩壊の深さを、何より雄弁に物語っている。

李凌
中国出身で、日本に帰化したエポックタイムズ記者。中国関連報道を担当。大学で経済学を専攻し、中国社会・経済・人権問題を中心に取材・執筆を行う。真実と伝統を大切に、中国の真実の姿を、ありのままに、わかりやすく伝えます!
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