中国各地で、臓器を提供した人を「見義勇為(勇気ある善行)」として表彰する制度が広がっている。
見義勇為とは本来、危険を顧みず他人の命を救った行為に与えられる称号である。そこに臓器提供が含められたことで、中国のネット上では「ここまでして勧めたいのか」「称号まで付けるのはさすがに異常だ」といった呆れや反発の声が相次いでいる。
人々がこの動きを直感的に「怖い」と感じている背景には、長年積み重なってきた不信感がある。近年、中国では学校で臓器移植を扱う授業や試験が行われ、健康診断を名目に生徒全員から採血する事例も続いてきた。
その一方で、学校内外では、臓器収奪の被害に遭ったのではないかと疑われる学生の不審死が相次いでいる。
どう考えても脳死と結びつかない骨折などの外傷で入院した後、短期間で脳死と判断され、臓器提供に至ったとされるケースが各地で伝えられている。
こうした経緯から、市民の間では「特定の臓器を狙ったオーダーメイドの殺人ではないか」とささやかれるようになった。
さらに、若者や子供の失踪事件が後を絶たない状況の中で、当局が国を挙げて臓器提供を推進している現実がある。個々の出来事の真偽以前に、「偶然とは思えない出来事が重なっている」という感覚が社会に広がっている。
こうした状況の中で、臓器提供を「善行」として称え、制度として後押しする動きは、安心を与えるどころか、不安と警戒心を強める形で受け止められている。人々が抱いているのは、理屈による批判というより、「何かおかしい」という率直な違和感である。
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