張又俠拘束は成否に関わらず中国共産党滅亡を加速させる

2026/01/29 更新: 2026/01/29

2026年1月、北京の政治的空気は氷点下まで冷え込んだ。軍事委副主席であり、かつての「鉄の盟友」であった張又俠(ちょう・ゆうきょう)に拘束の噂が広がり、巷では憶測が飛び交っている。

実のところ、この拘束劇の具体的な詳細に固執する必要も、最終的に誰が勝つかを知る必要も、次期後継者を推測する必要もない。なぜなら、張又俠を拘束しようとしたその瞬間から、習近平は自らを「中国共産党滅亡の加速設計師」という歴史的位置に釘付けにしたからだ。なぜこの「神がかり的な愚策」が政権の最期を早めるのか、以下の3つの理由を見ていこう。

1. 忠誠の袋小路:幼馴染みすら安全でないなら、誰が安全か?

過去の中共上層部の暗黙のルールは、「皆で利益を分け合い、問題が起きれば組織が守る」というものだった。しかし、習近平はこのルールを破壊した。

忠誠が「消耗品」に

張又俠は軍のナンバー2であるだけでなく、習にとって軍内部の「重石」であり、旧知の仲であり、紅二代(革命幹部の子弟)でもある。このレベルの「鉄板の味方」すら秦城監獄(高官専用の監獄)に送られるのであれば、体制内には恐怖に満ちた共通認識が生まれる。「忠誠を誓っても安全は買えない。むしろ、近すぎることが死を早める」という認識だ。

政治的「寝そべり」と反撃

中共の官僚に潔白な者は一人もいない。官僚集団が「自分もいつ粛清されるかわからない」と悟った時、彼らに残された選択肢は、防御的なボイコット(寝そべり)か、絶望の中での反撃の機会を伺うことだけだ。信頼がなく、全員が疑心暗鬼に陥ったシステムの運用効率は、急速にゼロへと向かう。

習近平は主要な盟友を排除した末に、自分自身がいつ崩落してもおかしくない火口の上に座っていることに気づくのだ。

2. 軍権の「脆さ」:復唱機しかいない軍隊

軍隊は政権の最後の防衛線である。張又俠を粛清することは、火遊びに等しい。

拘束が成功した場合

将校たちは「専門化」から「忠誠化」へと完全に変質する。未来の将軍たちは、いかに戦うかではなく、「忠誠」という二文字をいかに書くかだけを研究するようになる。もっとも、彼ら自身もそれが役に立つとは限らないと分かっているが、パフォーマンスだけは大々的に行うだろう。国際情勢が極めて緊迫している今日、このような「忠誠」しかない軍隊が実戦でいかに脆弱かは、第二次世界大戦中のソ連のように、政治的な粛清が軍の弱体化を招き、実戦で甚大な被害を出した歴史の教訓を見れば明らかだ。

拘束が失敗した場合

それはさらなる災厄となる。習近平の威信が軍の核心部に及んでいないことを露呈するからだ。軍権に亀裂が入れば、権力の「神話」は崩壊し、連鎖的な破綻が続く。共青団派、江沢民派、長老派、紅二代、各地の地方閥、そして現職の高官たちがどのような選択をするか、予測は不可能だ。

3. 制度的バッファーの完全撤廃

健全な組織にはブレーキとバッファーが必要だ。しかし、習近平は絶え間ない粛清を通じて、中共を「アクセルしかなく、ブレーキのない鉄の箱」に変えてしまった。例えば、連日の反腐敗運動の結果、腐敗はむしろ深刻化している。

後継者なき火薬庫

張又俠のような元老勢力を叩き潰すことで、党内の穏やかな権力移行の可能性は完全に断たれた。合法的な権力継承プランも党内の合意も存在せず、残されたのは巨大な権力のブラックホールだけだ。

「集団指導」から「個人体制」へ

今の中共では、あらゆる失敗の責任を最高指導者一人が背負わなければならない。政治の安定が経済の道理を押し潰し、盟友の粛清が国家戦略よりも優先されるとき、このシステムはもはや死に体となる。組織のエネルギーは枯渇し、内側から崩壊していくのを待つばかりだ。

ゆえに、誰が次に登板しようとも、この詰んだ盤面を立て直すことはできない。

習近平の後に誰かが代われば、中共は救われると考える者もいるが、残念ながら手遅れだ。

習近平が「加速設計師」として最も成功した点は、任期制限を破り憲法を改正したことだけではない。中共内部の民主集中制を破壊し、未来の土壌を根本から毒したことにある。彼が残す遺産は、巨額の負債、沈滞した社会、国際的な孤立、そして内部信頼が完全にゼロになった瓦礫の山だ。

今回の張又俠に対する粛清がどのような結末を迎えようとも、加速装置はすでに踏み込まれている。彼は体制を修復しているのではなく、絶え間ない「限界負荷テスト」を通じて、この体制が救いようがないことを自ら証明しているのだ。

歴史が記憶するのは、彼がいかに多くの政敵を排除したかではない。時代の転換点において、この政権を支えていた「最後の柱」を、彼自らがどのように叩き壊したかの愚かさである。

文彬