内部抗争激化 北京の軍政会における将官名簿に異変

2026/02/07 更新: 2026/02/07

中国で2026年度の「首都軍政座談会」が2月5日に開催されたが、出席した将官は中将7名のみで、上将は一人も出席しなかった。2024年度および2025年度の同会議に出席していた苗華、何宏軍の両上将はいずれもすでに失脚している。また、出席した中将の名簿もほぼ毎年入れ替わっており、ここ3年来、中国共産党軍内部の抗争激化に伴い、高級将官の失脚や「失踪」が相次いでいる実態が浮き彫りとなった。

2026年首都軍政会:中将7名が出席、上将は不在

『北京日報』の報道によると、2026年2月5日に年度首都軍政座談会が開催された。北京市の尹力党委員会書記(政治局委員)や裴金佳退役軍人事務相が演説し、殷勇市長が出席した。報道では「軍委機関部門および駐京単位(北京駐在部隊)の指導者代表」が発言したと言及されたが、具体的な将官の名は挙げられなかった。

しかし、中国中央テレビ(CCTV)国防軍事チャンネルの映像を確認すると、中将の肩章をつけた将官7名と、少将の肩章をつけた13名が出席していたが、上将の姿はなかった。

出席した中将7名は、陳徳民、梁平、鄭堰坡、紀多、董文輝、胡瑜海、丁興農である。

陳徳民:軍事委員会政治工作部副主任

梁平:中部戦区副政治委員

紀多:空軍副政治委員

胡瑜海:海軍副政治委員兼政治工作部主任

丁興農:ロケット軍副政治委員

鄭堰坡:2024年3月に西部戦区副政治委員兼戦区陸軍政治委員に就任したが、北京の軍務は中部戦区の管轄である。鄭が西部戦区の役職で出席する可能性は低く、陸軍副政治委員に転じ、陸軍代表として出席した可能性が高い。

董文輝:武警(武装警察)本部の政治工作部での経歴があり、現在は武警部隊副政治委員として出席したとみられる。

何宏軍上将らが席を並べた2025年との比較

2025年度と比較すると、出席者名簿は大幅に変動しており、最大の違いは上将の不在である。

2025年1月22日の会議では、当時の軍事委員会政治工作部常務副主任であった何宏軍上将が出席していた。映像では尹力書記の隣に座り、北京市の高官らと共に雛壇に並んでいたが、官製メディアの報道ではその名は伏せられていた。その後、何宏軍は2025年10月17日に失脚が公表され、党籍と軍籍を剥奪されている。

また、2025年には中将4名(朱国標、紀多、丁興農、周俊強)が出席していた。紀多と丁興農は2026年も連続して出席したが、朱国標(1963年生、現在63歳)と周俊強は欠席しており、その去就は不明である。

苗華上将が出席した2024年の顔ぶれ

2024年2月2日の会議には、当時の軍事委員会委員兼政治工作部主任であった苗華上将が出席していた。

当時の中将出席者7名のうち、現在も出席し続けているのは空軍の紀多のみである。他の6名(冷少傑、劉本成、張鳳中、高偉、楊笑祥、朱文祥)は、2025年以降姿を消した。

このうち、ロケット軍の張鳳中は2025年10月の第20期四中全会で失脚が判明した。また、第20期中央規律検査委員会(中紀委)委員である冷少傑と楊笑祥は、2026年1月の中紀委五次全会を欠席している。

丁興農中将の「足踏み」

ロケット軍副政治委員の丁興農中将は2年連続で軍政会に出席しているが、異例の事態に直面している。

丁は第20期中紀委の候補委員の中で序列2位にありながら、2024年7月の三中全会、および2025年10月の四中全会において、欠員を補充する中央委員への昇格を二度にわたって見送られた。丁自身もこれら二つの重要会議を欠席している。

終わらぬ軍内粛清と「指導層の真空」

2022年10月に習近平が3期目に入って以降、軍内の混乱は加速した。2023年7月のロケット軍および装備部門の汚職事件を端緒に、李尚福、魏鳳和の両国防相(軍委委員)が失脚。

2024年7月から2025年10月にかけては、習の側近と目された苗華や何宏軍らが次々と失脚。さらに2026年1月には、軍長老格の張又侠副主席と劉振立委員までもが失脚した。

第20回全国代表大会以降、公に調査対象となった現役上将は15人に達し、さらに20人の上将が「失踪」状態にある。

現在、正常に職務を遂行している上将はわずか4名(張昇民、董軍、楊志斌、韓勝延)に過ぎない。中央軍事委員会は定員の大部分を欠く「指導層の真空」状態に陥っており、今回の軍政会に上将が一人も姿を見せなかったことは、軍内の異常な人事停滞と粛清の影響を如実に物語っている。

岳緣