新型コロナウイルスが世界に広がる前、武漢の病院で異変に気づいた医師がいた。李文亮(り・ぶんりょう)氏である。
2019年末、武漢市中心医院の眼科医だった李文亮氏は、「原因不明の肺炎が広がっている」と医師仲間に警告した。
当時、感染の発生を隠したかった当局は、これを「デマ」と決めつけ、警察を動かして沈黙させた。
警告は正しかったにもかかわらず、李文亮氏は警察に呼び出され、反省文を書かされ、国営メディアで事実上の謝罪を強いられた。
2020年1月23日、新型コロナの感染拡大はもはや隠しきれなくなり、中国当局は武漢市のロックダウン(都市封鎖)を発表した。
その2週間後、最前線で診療にあたっていた李文亮医師自身も感染し、34歳で亡くなった。
結局、当局が「デマ」とした警告は、すべて事実であった。ウイルスは世界に広がり、数えきれない命が失われた。
この出来事をきっかけに、中国では「デマ」という言葉の意味が大きく変質した。
それは、誤った情報ではなく、政権にとって都合の悪い真実を指す言葉ではないのか。多くの中国人がそう感じるようになった。
今も、人々は李文亮氏を弔っている。
医師として危険を知らせた行為が「デマ」とされた。
彼が受けた不公と、真実を「デマ」と切り捨てた当局の冷酷さを忘れないためである。
国内外で続く追悼
その追悼の輪は今も広がっている。
李文亮氏の死から6年となる今年2月7日、中国国内では、李文亮氏本人の微博(ウェイボー、中国版SNS)アカウントにある最後の投稿のコメント欄に、追悼の言葉が書き込まれ続けている。
この欄は中国で「哭牆(こくしょう)」と呼ばれ、哀悼や本音を残す場となっており、書き込みはすでに100万件を超えた。
海外でも追悼は続いている。1月31日、米ニューヨークのタイムズスクエアでは、中国民主党の若いメンバーが集まり、李文亮氏の死と新型コロナ大流行の責任を問う集会を開いた。
声明では、言論を封じ、真実を隠した体制が被害を拡大させたと指摘し、国際社会に対し独立した調査と責任追及を求めた。
李文亮氏の「デマ」とされた警告は、結果として世界を救うはずの事実だった。しかし、彼は沈黙させられ、命を落とした。それでも責任を負った者はいない。
いまも人々が彼を悼み続けるのは、彼の死が「デマ」とは何かという問いを社会に突きつけたからである。

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