中国共産党中央軍事委員会副主席の張又侠の失脚をめぐり、拘束時の状況について複数の情報が飛び交っている。米主要紙は、張が党中央党校へ向かう途中で習近平側の人員に拘束されたと報じたが、真偽は依然として不透明である、
2月19日、米紙ウォールストリートジャーナルは、中共上層部に近い関係者の話として、張が「寒く曇った冬の日」に中央党校で開かれる会合に出席するため移動中、習近平が派遣した警護要員により途中で身柄を拘束されたと伝えた。会合には数百人の高官が参加予定で、習も出席予定だったという。
報道によれば、張氏は秘密の場所に拘束され、自宅の捜索も行われたほか、軍事研究員を務める息子も一時拘束されたとされる。
また、拘束の数日前には、北京の安全を担う部隊の新指揮官がひそかに任命されていたという。上海の武装警察から抜擢された人物で、従来の人事慣例を破る形となったとされる。首都防衛を習近平に忠誠を誓う人物の指揮下に置く狙いがあったとの見方も出ている。
ただ、こうした情報はいずれも独立した裏付けがなく、検証は困難となっている。ウォールストリートジャーナルが以前にも、張又俠が米側に核機密を漏えいした疑いで拘束されたと報じたが、その信憑性を疑問視する声も少なくない。
張氏失脚の前兆としては、1月中旬に武装警察上海総隊司令だった陳源が北京衛戍区司令に異動していたことが指摘されている。陳については、前国務院総理の李克強の上海での急逝をめぐる憶測と関連づける情報も流れている。
一方、張又俠拘束の具体的な場面をめぐっては、1月20日に中央党校で開催された省部級幹部の研修開班式の直前に連行されたとの説や、その前日に個別に拘束されたとの説、さらには軍を動員した強制拘束や銃撃戦があったとする情報まで広がっている。
張又俠の息子の処遇についても、親族とともに拘束されたとの情報や、すでに釈放されたとの情報があり、内容は錯綜している。
拘束の背景についても見方は分かれる。張又俠はかつて習近平の憲法改正による続投を支えた人物であり、習近平が自身の「絶対的権威」を脅かしかねない勢力を排除しているとの見方がある。一方で、張又俠が長老の支持を得て軍権を掌握したのに対し、習近平が不意を突いて主導権を取り戻そうとしたとの分析も出ている。
いずれにせよ、今回の動きは党内手続きから逸脱しているとの指摘があり、事実上の「政変」との見方も浮上している。中南海の政局に波紋が広がる中、軍や党内の動向に対する関心が高まっているが、現時点で確認された公式発表はなく、情報の慎重な見極めが求められている。
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