【紀元曙光】2020年10月22日

自社の記事をほめるのに憚りはあるが、手前味噌を承知で書かせていただきたい。
2020/10/30

【紀元曙光】2020年10月21日

日本の各地で、住宅街や商業施設にまでクマが出没しているという。
2020/10/30

【紀元曙光】2020年10月20日

21世紀に、よくもまあこんな国があったものだと思う。
2020/10/30

【紀元曙光】2020年10月19日

浅草の初夏の風物詩である三社祭が、この土日、5か月遅れで開催された。
2020/10/30

【紀元曙光】2020年10月18日

他社メディアの報道だが、どうしても気になるので申しておく。
2020/10/30

【紀元曙光】2020年10月17日

(前稿より続く)モンゴル帝国は14世紀以降、その版図を大幅に小さくした。
2020/10/30

【紀元曙光】2020年10月16日

(前稿より続く)ふたたび余談だが、今日の韓国人は、本来は自己の内面にある恨(ハン)の感情を、なぜか日本にだけむき出しにする。
2020/10/27

【紀元曙光】2020年10月15日

(前稿より続く)すごいと思うのは、そうした歴史のダイナミズムが、チンギス・ハンを家長とする子や孫たちという、いわば一家族から出たものであることだ。
2020/10/27

【紀元曙光】2020年10月14日

チンギス・ハン(成吉思汗)は、今も昔もモンゴル人が敬愛して止まない民族の英雄である。
2020/10/27

【紀元曙光】2020年10月13日

秋の味覚、おいしそうな柿が店頭に並ぶようになった。
2020/10/27

【紀元曙光】2020年10月12日

来夏に「延期」された東京五輪。中止とは決まっていないので、実施の前提で準備しなければならない。
2020/10/22

【紀元曙光】2020年10月11日

幻のように遠い記憶だが、その夢のままに、美しく残しておきたい。
2020/10/22

【紀元曙光】2020年10月10日

古典落語のなかに、「台湾」の名が出てくる演目がある。
2020/10/21

【紀元曙光】2020年10月9日

今は亡き名優ジョン・ウェイン(1907~1979)。
2020/10/21

【紀元曙光】2020年10月8日

カドミウムという重金属の名称を聞くと、ある特殊な感覚を想起してしまう。
2020/10/20

【紀元曙光】2020年10月7日

来場所から新大関となる正代関は、「ネガティブ力士」と呼ばれている。
2020/10/20

【紀元曙光】2020年10月6日

10月6日の産経WESTに、「本来の姿現す中国 共産党は一つの王朝」と題する岡本隆司氏へのインタビュー記事が載った。
2020/10/14

【紀元曙光】2020年10月5日

40年近く前のこと。1980年代に、小欄の筆者は、留学もふくめて何度か中国へ行った。
2020/10/14

【紀元曙光】2020年10月4日

トランプ米大統領は、一時期「とても懸念される状況だった」という。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年10月3日

食文化というと少々硬い。要するに「昔から食べてきた」ということだ。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年10月2日

もう一つ「国慶節」にまつわる愚かさを書く。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年10月1日

10月1日を、心ある中国出身者は国殤日(こくしょうじつ)と呼ぶ。祖国が失われた、悲しみの日である。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年9月30日

今年も、4分の3が過ぎようとしている。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年9月29日

先ほど昼のNHKニュースを見た。新型コロナウイルスによる世界の死者数が100万人を超えた、という。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年9月28日

蒟蒻(こんにゃく)と大根ばかり頼む客。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年9月27日

(前稿より続く)私たち日本人も、始めからできたわけではない。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年9月26日

(前稿より続く)今では考えられないが、その頃の日本は、そんなものだった。
2020/10/10

【紀元曙光】2020年9月25日

総体的な人間の行動から、その社会の成熟度を判断すれば、自然と「民度」の高低に突き当たる。
2020/10/07

【紀元曙光】2020年9月24日

奥山に紅葉(もみぢ)踏み分け鳴く鹿のこゑきく時ぞ秋は悲しき(古今集)。
2020/10/07

葛飾北斎の肉筆画、押し寄せる波以上の迫力 スミソニアン協会の「画狂北斎」展

江戸時代を生きた絵師、葛飾北斎(1760〜1849年)。その名を聞けば、誰もが版画を思い浮かべるでしょう。しかし米ワシントンD.C.の国立アジア美術館で日本美術学芸員を務めるフランク・フェルテンズ氏によると、北斎は「画狂人」という画号を使うほど肉筆画に没頭していました。
2020/10/05