4年に1度国民を総動員する米大統領選挙は、アメリカの政治的安定を維持するための重要なプロセスであるのはいうまでもない。しかし、2020年、今回の選挙はこれまでとまったく違う様相を呈した。具体的にいうと、その1.両候補の対立は価値観の対立。米国の復興を目指す共和党と、アメリカの歴史および伝統的価値観を否定する民主党は激しく衝突している。その2.有権者の関心はかつてないほど高く、民主党はウォール街の一部のエリート、マスコミ、教育業界、政治エリートおよび少数派の支持を取り付けた。その3.有権者や候補者に影響する要素がかつてないほど雑多である。その4.投開票日の十数日前から、事前投票のやり直しを希望する郵便投票者が増えている。トランプとバイデン両氏の3回目のテレビ討論会以降、とくにバイデン氏の次男と中国共産党の癒着疑惑が浮上してから、「投票を変更できるか(Can I change my vote)」は検索キーワードの上位にランクインした。
今回の大統領選挙を左右する要素はあまりにも多い。ここではこれまでにない3つの要素についてシンプルに論説する。
コロナ禍、左派にとって「神からの贈り物」なのか
アメリカでの中共ウイルス(新型コロナウィルス)大流行は必然的な結果といえる。国境さえも要らない、個人の行動自由は譲れない、政党間対立が白熱化するこの国ではもはや、大流行を食い止めるのは不可能だといえる。はじめから民主党は、コロナ禍はトランプ氏の続投を阻止するための「天からの助け船」という考えだった。そのため、バイデン氏がコロナ対策の最適な責任者だと宣言するなど、トランプ氏への先制攻撃をいち早く仕掛けた。民主党の地盤となる各州は、死者を全員コロナ感染とカウントするなど感染状況を誇張し、さまざまな策略が施された。
トランプ氏の指令や主張に関して、頭ごなしに反対する民主党の「アンチ行為」は幼稚かつ滑稽だった。一例をあげる。トランプ氏が中国発着航空便の運行中止を指示したことに、民主党執行部のナンシー・ペロシ下院議長は猛反対したうえ、市民に中華料理店で食事するよう呼びかけ、ニューヨークの都市閉鎖にも断固として反発した。
感染拡大が深刻化したあと、トランプ政権は経済活動の縮小に踏み切ったものの、半月も経たないうち、ミネソタ州で黒人男性が警察の暴行を受けて死亡する事件が発生した。民主党地盤である同州政府は、感染防止対策より反人種差別を優先し、抗議集会やデモ、エスカレートする暴力行為を放任した。
その結果、州内で感染拡大は日増しに深刻になり、経済的損失は拡大する一方だった。民主党は、今度はコロナ対策を理由に、経済活動の再開に応じず、不正投票のリスクが高い郵送投票を全米で施行した。
民主党と左翼メディアの一番のネタは、コロナ禍の情報とその死者数。感染者数は740万人以上、死者数は約21万人という民主党側のデータは、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の8月下旬の発表と相違するとみられる。CDCの統計では、(感染ピークの)2月1日~8月15日、全米の累計死亡者は15万3504人、そのうち新型コロナによる死者は6%で9210人、そのほかは平均2.6種の基礎疾患をもつ患者、死因は合併症でその大半は高齢者だという。
米国議会6月1日の報告書は、コロナによる経済損失は甚大で、今後10年間で約7兆9000ドル(約821兆円)規模を見込むと予想した。
今の状況では、アメリカの政治的分裂により、与野党の連携がとれたコロナ対策は事実上不可能だと言える。結局のところ、喧嘩両成敗でどちらのダメージが軽いのか、大統領選挙の結果を見ればわかる。一方、民主党は依然として、コロナ問題をトランプ氏攻撃の一番の口実にし、迷走している。感染拡大の当初から私は、アメリカは炎上する建物のように二つに分裂することを予想した。主要の与野党が力を合わせてコロナに立ち向かうことは、最初から不可能だった。それゆえ、コロナ危機に乗じてトランプ倒しを企む左派はいまだに改めようとしない。
左派作家のトーマス・フライデマン氏は10月、ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙に「新型コロナは、中国ではチェルノブイリの二の舞いを踏まなかったのに、アメリカではワーテルローの戦いと化した」と題する評論を発表した。内容はトランプ批判一色で、「すべてはトランプのせいだ」という従来の左派論調を繰り返している。ベトナム戦争中に戦地を訪れてベトナム共産党を慰問するほどの左派支持者、ハリウッド名女優のジェーン・フォンダさんは10月7日、「新型コロナウィルスは神から左派へのプレゼント」と公言した。
バイデン一族の不正疑惑
選挙の20数日前、ニューヨーク・ポスト紙はバイデン一族と中国共産党の癒着疑惑を初めて報道した。実名告発に踏み切ったのは一族のビジネスパートナーの2人。これほど重大な疑惑を晴らせないなら、選挙から退くのが本来の道筋であろう。
しかし、両党の対立が白熱化した今、民主党陣営の目標はあくまでも「打倒トランプ」である。左派支持者はスキャンダルの封じ込みにあらゆる手段を駆使した。ニューヨーク・タイムズ紙やCNNなどの主要メディアはこのビッグニュースを報道していない。ツイッターはニューヨーク・ポスト紙のアカウントを閉鎖した。世論調査もこのスキャンダルに触れないなど、左派陣営はこの疑惑に対する有権者の関心を逸らすのに余念がない。
10月28日、リサーチ会社YouGovはバイデン一族の不正疑惑に関する世論調査を実施した。有効回答のうち、「不正疑惑は事実だと思う」は45%、「事実ではないと思う」は32%。また、民主党支持者のうち、「事実ではないと思う」は57%、「事実だと思う」は11%、共和党支持者のうち、「事実だと思う」は91%、「事実ではないと思う」は3%。言い換えれば、民主党支持者の過半数はバイデン一族の不正を信じていない。
民主党の戦略的ミス:反人種差別デモとアンティファを公然と支持
5月26日、ミネアポリスで黒人男性が警察の取締で死亡した事件が引き金となり、反人種差別デモ(BLM運動)が数カ月間続いた。デモを煽る極左暴力集団アンティファ(Antifa)が人種差別反対という本来の目的を逸脱して、略奪・放火するなど暴徒化した。それに伴って、米国の誇りである法律と秩序、そして憲法に保護される私有財産は、社会主義化を急速に押し進める民主党と極左暴力集団によって脅かされている。
トランプ大統領が就任してからこれまでの3年間、政治、とくに経済分野の実績は周知のとおりで、選挙公約をほぼ果たした。新型コロナが発生しなければ、再選はほぼ確実だと思われた。一方、反人種差別デモを支持する民主党は、人種問題という大義名分のもとで、コロナによる経済活動の停滞と失業率の悪化に乗じて、トランプ氏の過去3年間の実績を帳消し、大統領選挙で逆転勝利を狙う。
米プリンストン大学研究チームの調査報告書によると、5月26日~8月22日、全米で1万600回あまりのデモが発生した。そのうち、7750回はBLM運動関連で、約220の地区で約570件の暴動が起きた。
BLM運動がもたらした経済損失および死亡者数の完全統計はまだだが、保険会社プロパティ・クレーム・サービスの報告書によれば、5月26日~6月8日までの12日間、同暴動による被害の保険金負担は20億ドル(約2080億円)に達する見込みだという。
同社の説明では、6月8日以降の暴動による財産損失と保険対象外の被害は含まれていない。1960年代に起きた全6回の抗議デモの保険金負担総額は2020年の物価換算で12億ドル(約1248億円)だった。それと比べて、今回のBLM運動は米歴史上「もっとも代償の高い抗議運動」と言える。
また、BLM運動を経て、歴史と伝統を否定する傾向がより鮮明になった。国旗を燃やしたり、米国歌「星条旗」の作詞者フランシス・スコット・キー氏の彫像を壊したり、8月中旬の民主党全国大会では国旗宣誓時の公式文言である「神の下にある一つの国」の一文も省かれた。これらの兆候に違和感を感じるアメリカ人は、今回の大統領選挙が自国の将来に与える重大な影響を認識しつつあるようだ。
この歴史修正運動の根拠は、ニューヨーク・タイムズ紙の発表した「1619プロジェクト」である。アメリカの歴史は実際1619年からスタートしたもので、黒人によって築かれたと主張する内容だ。「1619プロジェクト」の執筆者ハンナ・ジョーンズ氏は、この記事で2020年ピューリッツァー賞を受賞した。
一方、歴史学者たちは、1619プロジェクトは歴史と乖離し、矛盾だらけだと批判している。四面楚歌のNYT紙はひそかに主張を撤回し関連の報道を取り下げ、執筆者のジョーンズ氏はツイートの関連投稿を削除した。「歴史を修正しようとしたが失敗に終わり、ひとまず自身の歴史を修正することになった」とNYT紙は冷やかしを言われる顛末だ。BLM運動のサイトも、共産党のマルクス主義を支持する内容を書換えた。
BLM運動のはじめ頃、後押しする民主党の支持率は急伸した。BLMに対する市民の支持も78%に高騰した。アメリカ全土に「中国共産党の文化大革命」の嵐が吹き荒れた。
警察への逆風により、日常の法執行は困難になった。暴徒化した参加者による破壊、略奪、放火、殺人が各地で広がるにつれ、市民は次第に治安問題を心配しはじめた。データを挙げて説明するまでもないが、10月1日に発表されたハーバード大学アメリカ政治研究所の世論調査の結果を拝借する。
同世論調査では、全回答者1314人のうち、67%以上は「法律と秩序の回復を望む」と答えた。法執行への支持(51%)はBLM運動への支持(14%)を大きく上回った、75%は「違法移民対策のための国境警備強化を望む」と答えた。
また、同世論調査によれば、バイデン氏支持は47%、トランプ支持の45%をわずかにリードした。ただ、21%の回答者は投開票日の直前までに支持候補を変える可能性を口にした。
多くの有権者が迷っているようだ。両候補の最終回テレビ討論会のあと、「Can I change my vote?」(投票のやり直しができるか)というキーワードがグーグル検索の上位になった。その後、全米14の州では、郵送投票のやり直しが可能になった。
前述の三つの要素により、2020年にアメリカは燃えながら2つに分裂するビルのようだ。BLM運動は最も大きな影響を与えた。ほかの二つの要素の影響はそれほど大きくなく、特に中間層有権者に対しての影響は限定的だった。
(注)何清漣 ニューヨーク在住の中国人経済学者・ジャーナリスト。64歳、女性。中国湖南省生まれ。混迷を深める現代中国の動向を語るうえで欠かすことのできないキーパーソンのひとりである。中国では大学教師や、深セン市共産党委員会の幹部、メディア記者などを務めていた。中国当局の問題点を鋭く指摘する言論を貫き、知識人層から圧倒的な支持を得たが、常に諜報機関による監視、尾行、家宅侵入などを受けていたため、2001年に米国に渡った。
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