盛り土、産廃、太陽光パネル…「人災」疑われる熱海土石流 

2021/07/08 更新: 2022/10/06

7月3日は日本列島を梅雨前線が停滞していた。静岡県熱海市伊豆山。地元の熱海市消防本部に119番通報があったのは午前10時ごろだった。熱海市消防団詰め所になっている自宅ビルの3階にいた建築業の男性(32)は「ゴーッ」という地鳴りを耳にした。

当初は自動車のスリップ音かと思ったが、それにしては大きすぎる。何だろう、と自宅窓から外を見た瞬間、男性は目を疑った。向かいの山の土砂が崩落し、こちらに向かって流れている。

「大変だ」

男性は仲間の消防団員にSNSで知らせ、自らも合羽に着替える準備をした。

伊豆山地区の住民たちの避難が始まった。ところがそこに3日午前10時半ごろ。今度は1回目を遥かにしのぐ規模の土石流が轟音を立てて山肌を滑り落ちてきた。

災害発生から4日が経った7日現在でも死者7人、安否不明者は20人を超す未曾有の大惨事となった。

伊豆山地区は、伊豆の蛭ケ小島に配流されていた若き日の源頼朝と後に妻となる北条政子が逢瀬を重ねた伝説がある伊豆山神社があるほか、「走り湯」など豊かな温泉が湧く地としても知られ、2020年には185万人もの観光客が訪れる東京の奥座敷・一大観光スポットだ。別荘地としても人気が高い。

これまでに分かっている情報によると、伊豆山地区を流れる逢初川に沿って10万立方メートルに及ぶ土砂が濁流となって、下流域に住む人々を襲った。その距離は2キロ、幅は最大で160メートルにも及んだのだという(国土地理院の発表による)。山の名前は岩戸山という。

この標高734メートルの岩戸山中腹にあった「残土」に堆積してあった土砂が10万立方メートルの流出土砂の半分の約5万立方メートルを占めていると静岡県は考えているようだ。

7月4日、土石流の被害にあった伊豆山地区で救命救助活動を行う警察の部隊(Photo by CHARLY TRIBALLEAU/AFP via Getty Images) 

住民「こんなところに太陽光発電所を造るなんて」

静岡県は富士山の扇状地に当たる富士宮市や熱海市のように、山あいの地と海とのわずかな土地に人々が集住する地区が非常に多く、しかも土質は火山灰土だ。

熱海市の隣町、函南町で1934(昭和9)年、難工事の末、開通した丹那トンネルの工事では、死者67人も出した。湧水が原因だった。要するに水はけが良すぎるのだ。

「こんなところに太陽光発電所を造るなんて…」という地元住民の声があったのは事実だ。

報道されている通り、崩落現場のわずか数十メートル西側に中規模の太陽光発電所があった。この発電所が買電権(ID)を取得したのは、2013年10月3日のことだ。静岡県熱海市伊豆山(番地未確定)として11区画に分けて1区画40・0キロワットで申請している。名義は太陽光発電事業者の「ZENホールディングス」(東京都千代田区)だ。

いっぽう、残土は新幹線ビルディング(神奈川県小田原市)という不動産会社が宅地開発の名目で、置いたものだという。ところが産業廃棄物がかなり混ざっており、熱海市から行政指導を受けたが、同社はこれを放置。2011年2月、一帯の約120ヘクタールをZEN社のオーナー、麦島善光氏の名義で売買している。

新幹線ビルディングの天野二三男社長は「自分の責任ではない」(代理人を断った弁護士談)と話し、麦島氏サイドも「(購入時点で)残土の存在は知らなかった」と責任を否定している状態だ。

この太陽光発電所が注目された。災害の翌日に岩戸山に入り、ドローンで撮影した地質学者の塩坂邦雄氏によれば、太陽光発電などの工事によって土地は保水力を失った。さらに、発電所の導入路となっている道が樋のような役目をして、雨水は残土に流れ込んだ。このことによって残土が大量に滑り落ちた可能性を、静岡新聞など複数のメディアの取材に対して述べている。

太陽光発電所をよく見ると、草が全く生えていない。シートを覆っているか、固めているように見える。シートの場合は、これは雑草が生えてくるのを防ぐ「防草シート」と言われるもので、たまに太陽光発電事業者でも重宝する業者がいる。

2017年に山梨県北杜市の太陽光発電所を取材した際にこのシートを使用していた業者がおり、メーカーに聞いたところ、「草が生えてくるのを防ぐためのものであって、水を浸透させる効果はありません」と明言した。まして、コンクリートで固めてなどいたら、問題外だ。

メガソーラー対応を迫られる行政

小泉進次郎環境相。2019年9月撮影(Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images) 

静岡県の川勝平太知事は「現時点では盛り土されていた残土の崩落が原因」「上流部の宅地開発」といったような、太陽光発電の影響に極力触れない発言を繰り返しているように見える。現時点で影響があったと断定することは早計だが、地元・伊豆選出の細野豪志衆院議員のように「土石流とメガソーラーに関連がなかったか、調査を求めて動く」とツイッターで表明し、太陽光発電事業に何らかの規制が必要だ、と訴える議員も出てきている。

これまで再エネ政策推進の旗振り役で、父の純一郎元首相や兄で俳優の孝太郎氏が広告塔となり、太陽光発電事業者「テクノシステム」(東京都港区、社長の生田尚之容疑者が東京地検特捜部に詐欺や会社法違反容疑で逮捕、勾留中)との間合いが近すぎるのではないか、との声もある小泉進次郎環境相でさえ「災害リスクが高い区域を設定し、規制すべき点があれば規制する」と述べている。赤羽一嘉国交相や梶山弘志経産相も対策を表明するなど、政府も方針転換を余儀なくされている。

第一義的な責任として盛り土をした新幹線ビルディングに責任があるのは当然だ。しかし、同社は登記簿謄本こそ残ってはいるものの、会社の電話も通じない「閉業」状態。購入時点で「残土の存在を知らなかった」と話している麦島氏サイドも、その後「残土は行政指導に従い、片づけた」と言うが、近隣住民は今年も現場に向かうダンプカーを見ていた。

現場近くではほかにも関連会社の「ユニホー」などの名義で太陽光発電所の買電権が取得されており、新たな開発があったのかもしれないが、この辺は今は全く分からない。

いずれにせよ、因果関係の特定は専門家に譲るとして、「人災」と言われても仕方がないほど災害リスクを十分に考慮しない開発が行われていたのは想像に難くない。今後の解明が待たれる。

熱海市ではほかにも西熱海町で中国地方の企業による大規模な太陽光発電所があるほか、上多賀では40度はあろうかという急傾斜地に地元企業による太陽光発電所がある。

太陽光パネル市場占める中国企業 背景に新疆の人権侵害も

2011年の民主党政権によるFIT法改正による1キロワット40円という常軌を逸した「太陽光バブル」が発生し、あちこちの急斜面に太陽光発電所が続々と建設されていることは衆知の通りだ。

その中には上海電力のような中国系企業、熱海市に隣接する伊東市で反対運動が起きている韓国企業「ハンファ」など、多くの外資系企業が含まれる。

しかも太陽光発電所にびっしりと敷かれる太陽光パネルの生産トップ5のうち4社は中国企業。2020年の出荷量は67%を占め、安価なパネルの販売攻勢にアメリカなど先進国企業は次々に撤退を余儀なくされ、いわば中国のひとり勝ちとなっている。

たまりかねたトランプ政権は、2018年1月、結晶シリコン太陽電池(CSPV)の輸入製品に4年間、関税を課すことを決定した。

一大マーケットを失った中国製パネルが日本に殺到するのは目に見えている。そのなかで、環境省は2030年の目標値として「原発20基分の太陽光発電を積み増す方針を決めた」のだそうだ(読売新聞7月6日配信)。

手前味噌で恐縮だが、2017年ごろから、産経ニュースで35回、「太陽光発電は人を幸せにするか」という企画取材をやった身からすると、これだけの人災が起きるまで、様々な人が太陽光発電の問題点を指摘していたのに、無視を続け、拡大一辺倒に突き進んだ菅義偉政権には憤りすら覚える。ましてFIT法を改正し、建築基準法の工作物からの適用を除外させた当時の民主党、菅直人政権の責任は大きい。

最後に、この太陽光パネルの工場の多くは、労賃の安い中国の新疆ウイグル自治区で造られ、しかもその多くの労働者は強制労働であるという疑いを世界から持たれているのが太陽光発電事業であるということを強調して、筆を措きたい。

執筆者 三枝玄太郎 

1967(昭和42)年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、1991(平成3)年、産経新聞社に入社。主に東京本社社会部で警視庁などの警察、国税庁担当を長く務め、国税担当は東京と大阪で9年にわたる。東北総局次長などを歴任後、2019(令和元)年に退社。フリーに。主著にノンフィクション「19歳の無念」(角川書店)。

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