民衆の苦しみを認めず「それは存在しない」とする当局 貧困に沈む大国(2)

2023/03/22 更新: 2023/03/22
同じシリーズ

(前稿から続く)「これでは本当に悪いよ」「申し訳ないねえ」と感激しながら謝り続け、戸晨風氏に合掌してお礼を言うお婆さん。戸氏と別れて、去りゆくお婆さんの後ろ姿は、なんとも寂しげだった。

なぜ「何の政治性もない動画」を封殺するのか?

以上が、当局が全ネットで封殺した動画の一部始終である。この5分余りの動画は、動画配信プラットフォーム「Bilibili(ビリビリ)」に投稿された後、投稿者である戸氏のアカウントは突然ブロックされ、その後のライブ配信も禁じられた。

この動画のなかで、当局や政府に対する批判などは一切触れていない。

動画にはただ、成都という大都市の底辺で、懸命に生きる高齢者の姿がリアルに映し出されていただけである。もちろん、この成都の都市戸籍を持たない(つまり農村戸籍である)お婆さんは、他所(よそ)から来た出稼ぎ労働者であり、普遍的な成都市民を代表しているわけではない。しかし、それがなぜ、ブロックされるのか。

民衆の苦しみを「存在しないこと」にする当局

「民衆の苦しみは、カメラに撮影されなければ存在しない、ということか?」。このエピソードを取り上げたラジオ・フリー・アジア(RFA)は、同公式ツイッターアカウントでそう問いかけた。この問いかけに答える形で、ネットユーザーは相次ぎコメントを寄せた。

「私(政府)は見ようとしない。あなた(外界の人)は見ちゃダメ!」

「習主席は、小康社会(ややゆとりのある社会)の実現を宣言した。そこへ貧困や不幸を叫ぶ声が上がれば、習主席の顔に泥を塗ることになる。そういうことか?」

「中国の繁栄。それは人為的に作り出された幻だ」

こうなって残念だが「良心に恥じないことをした 」

「ビリビリ」でのアカウント封鎖後、戸晨風氏は16日、TikTok中国版「抖音」でライブ配信をした。(上の動画)

戸氏は「この動画もいつ消されるかわからない。もしかしたら、これが、皆さんが目にできる私の最後の動画になるかもしれない」とした上で、戸氏は次のように述べた。

「私が動画を製作するのは、確かに報酬を得るためだ。しかしその過程で、たとえ少しでもいいから、この社会の進歩を促したかったのだ。しかし、まさかそれさえ許されないとは思いもしなかった」と嘆いた。

「最後になるかもしれない」という1分50秒のライブ動画のなかで、理不尽に封殺されることへの怒りをぐっと噛みしめながら、戸氏は何一つ当局への不満を口にしなかった。ただ「自分の良心に恥じないことをした」とだけ言い残した。

カメラにまっすぐ目を向け、何かを言い出そうとしながら、結局は言葉を飲み込む戸晨風氏。何度もため息をつきながら、結局は何も言葉が出てこなかった。

いや、言えないのかもしれない。その悔しさとやるせない気持ちは、画面越しにも痛いほど伝わってくる。(続く)

李凌
エポックタイムズ記者。主に中国関連報道を担当。大学では経済学を専攻。カウンセラー育成学校で心理カウンセリングも学んだ。中国の真実の姿を伝えます!
関連特集: 中国