流行語「我われは最後の世代だ」をアートにした芸術展が突然中止に=中国・深セン

2023/05/13 更新: 2023/05/26

今月4日、中国広東省の深センで開幕したばかりの芸術展が、開催からわずか2日で中止に追い込まれたことがわかった。

中止の理由は、展示作品のなかにある流行語「我われは最後の世代だ」を用いたアート作品が中国当局に問題視されたためではないか、とされている。米政府系放送局のラジオ・フリー・アジア(RFA)8日付が報じた。

脅される「弱み」はないが、この国には希望もない

「我われは最後の世代だ。ありがとう(我們是最後一代,謝謝你)」。

これは、中国における新型コロナウイルスの完全封じ込めをうたった「清零(ゼロコロナ)政策」のなかで、昨年3月末から約2カ月に及んだ上海の都市封鎖(ロックダウン)の際に流行語となったセリフだ。

なお、このなかの「ありがとう(謝謝你)」は、相手に対する感謝の意ではなく、話をそこで打ち切るという拒絶的な語気がある。

厳しい都市封鎖のなか、上海のある青年はPCR検査で陰性反応であったにも関わらず、集中隔離を求められた。青年がこれを拒否すると、そこにいた警察官は「集中隔離施設に行かなければ、おまえの孫までの3世代にわたって、良からぬ影響が及ぶぞ」と脅した。

この警察の脅しに対して、青年はこう答えた。「どうせ 我われは最後の世代ですよ。ありがとう(我們是最後一代,謝謝你)」。

つまりこれは「私には子供はいないし、この先も子供をもつつもりはない。だから(あなたたちが)脅しに使える弱みなど、私にはない」という決意の表明である。

その決意は同時に、結婚して家庭をかまえ、子や孫をもつことを最も重要視する中国の伝統的価値観を放棄するほど、今この国で生きることへの絶望を表す、若い世代の叫びでもあった。これが流行語となった背景には、そんな若者たちの悲痛な気持ちがある。

中止の理由は「会場のメンテナンス」

「時間的分岔——2023湾区当代芸術聯展」と題された今回の展覧会に参加した北京の芸術家・黎薇(れいび)氏は、自身のアート作品「宣言」のなかで、無数の中国人の共感を呼んだあの「名ゼリフ」を、泥などを画材に用いて、中国語と英語で床面いっぱいに造形した。

スポットライトを浴びて浮かび上がる泥の文字は、会場に来た観客の注目の的になった。

しかし、この作品の出現が当局の怒りを買ったらしい。本来なら6月25日まで開催される予定だった展覧会は6日、会場にしていた建物が「メンテナンス」を理由に突然閉館されることになり、イベントも中止せざるを得なくなった。再開の時期は未定という。

作品の展示が禁止されたことに加え、黎氏の中国SNSのウェイボー(微博)アカウントも「規約違反」で封鎖された。関連投稿を転載した少なくとも2人のウェイボーユーザーまでも、投稿の削除を余儀なくされているという。

黎氏と10年以上の付き合いがある李さんは8日、RFAの取材に対し、「黎薇氏は作品を通して、芸術や社会的事件のために声を上げる芸術家だった。彼の作品は、多くの人の共感を得ており、特に若者の心に響いている。そのことが当局を怒らせたようだ」と語った。

「404」を逆手にとった施設の名称

興味深いことに、展覧会の会場となった施設名は「深セン燕晗高地404空間」だった。中国語で「404」というと、中国のインターネットで検索した際に表示される「ページが見つかりません」のエラーメッセージを思い浮かべる人も多いだろう。

要するに「404」は、当局による情報統制の決まり文句なのだ。この施設の名称には、そうした忌まわしい数字を逆手にとり、中国共産党の圧政に対してレジスタンス(抵抗)を試みる人々の気概がうかがわれる。

そのような周辺の空気感もあり、今回の事件の関連投稿に寄せられるコメントのなかには「まさしく完璧なパフォーマンスアートだ」「閉館によって、このアートは二次昇華された」といった感嘆の声が目立った。

このほか「泥が、寻衅滋事罪(公の秩序を乱す罪)を犯したって? 中国当局は、たとえ泥であっても容認できないのかねえ」など、痛烈な皮肉も見られた。

この中国語「寻衅滋事罪」は、日本のメディアでは「騒乱挑発罪」という訳語が定着しつつあるが、原文の意味は「わざと面倒を引き起こす」「いいがかりをつける」である。

つまりこの罪名は、当局が気に食わないことがあれば、誰に対しても、どんなことにも適用できる万能の「口袋罪(ポケット罪)」なのだ。これは、まるでポケットから自由に物を取り出すように、きわめて恣意的に乱用できる罪名を指す。

今の中国には「生まれなくてよい」

そのほかにも、「私たちが『最後の世代』である必要がなくなったら、子供に中国の本当の歴史を伝えたい。本当の歴史は、決して中国共産党が主張しているような『穢史(不公正な歴史記述)』ではないのだ」というコメントも印象的だった。

今年3月、中国の官製メディアは「中国人の幸福感は91%で、世界最高だ」とする世論調査の結果を大々的に報じていた。

しかし、昨年末まで約3年にわたって続いた厳しい「ゼロコロナ政策」のなか、理不尽に封鎖された屋内で餓死した人もいれば、ビルの屋上から高額紙幣をばらまいた人もいる。そこには「幸福感が91%」とは、あまりにもかけ離れた現実がある。

「子供は作らない。我が子をこの世に来させないことが、自分にできる父親として最大の愛だからだ」

そう語る30代男性(宅配業)の取材動画が、中国のSNSに拡散されている。自らが決意して「最後の世代」となることは、中国の若い人々にとって苦渋の選択であることは言うまでもない。

簡体字で書かれた「我們是最後一代」が、若い女性の背中にあった。(中国SNSより)
李凌
エポックタイムズ記者。主に中国関連報道を担当。大学では経済学を専攻。カウンセラー育成学校で心理カウンセリングも学んだ。中国の真実の姿を伝えます!
鳥飼聡
二松学舎大院博士課程修了(文学修士)。高校教師などを経て、エポックタイムズ入社。中国の文化、歴史、社会関係の記事を中心に執筆・編集しています。
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