[18日 ロイター] – スタンフォード大学に在学するユダヤ人学生、ケビン・カダビさんは最近、祖母から電話をもらった。ユダヤ人という出自が分かるようにすると標的にされる恐れがあるため、大学周辺では「ダビデの星」をあしらったネックレスを着けないよう注意されたのだ。
そのあとで「目立ってはいけない」というテキストメッセージも来た。
セントルイス・ワシントン大学で学ぶイスラム教徒のハニヤさんは、パレスチナ人への支持を表明するために、歴史的なパレスチナ領土の形をしたイヤリングをつける決心をした。それを目に留めた同じ大学の学生に、3分近くも罵倒され、テロリスト呼ばわりされた。その間、彼女は必死に涙をこらえていた。
「もし泣けば、彼らが勝ったことになる」とハニヤさんは語った。
イスラム組織ハマスがイスラエルに甚大な攻撃を仕掛けて以来、米国の若者らは恐怖や怒り、悲しみにさいなまれている。地球の反対側で繰り広げられている暴力を受け止め、自らの交友関係の中にも分断の影響を感じている。
ユダヤ人とパレスチナ人、そしてそれ以外の18─26歳のZ世代に取材したところ、多くの人は、複雑な思いが押しつぶされていることへのいら立ちを口にした。ソーシャルメディアは事件に関する理解を深めるのに役立ったという意見は多いが、同時に若者らを疲弊させ、友人との仲違いにもつながったという。
世論調査によるとこの世代は、年長の米国人に比べ、イスラエルのパレスチナ政策に懐疑的だ。とはいえ、この世代の中でも、ハマスの行動は数十年にわたるイスラエルの抑圧への報復であり正当だと考える人もいれば、パレスチナ支持の抗議行動はテロ支援に等しいと考える人、さらに双方の罪なき市民がそれぞれの指導者の失政の板挟みになっていることを嘆く人まで、実にさまざまだ。
数十年にわたって平和的な妥協を阻んできた紛争について、いつ、どのように自分の意見を表現するか。この世代が現実でもネット上でも苦悩していることが、取材から明らかになった。
<キャンパスでの対立>
前出のハニヤさんは、安全への懸念から姓は明らかにせず取材に応じた。イスラエル政府がハマス指導部の殲滅(せんめつ)を目指す中、ガザで包囲されているパレスチナ人への支援を表明するために、「せめてこれだけでも」という思いでイヤリングを着用している。だがキャンパスでも対立が生じているため、現時点で親イスラエルの人々との付き合いが安全かどうか疑問を感じるようになった。
「正直なところ、学内はひどい状況だ」とハニヤさんは言う。
一方で、多くのユダヤ人学生らは先週、恐怖感を口にした。クラスメートの中にパレスチナ支持を掲げて集会を行い、ハマスによるイスラエル攻撃を支持している人がいるとみられるからだ。
ボストン大学イスラエル支持学生同盟の会長を務めるヨナタン・マナーさん(20)は、ハマスを非難しないのはナチス・ドイツを支持するようなものだと主張する。
「これはナチスのホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)以来最大の、反ユダヤ主義の波だ」とマナーさんは言う。
米国の若い世代は、年長の世代に比べてイスラエル支持の傾向がはるかに小さい。ロイター/イプソスが12―13日に実施した世論調査によると、米国で「紛争の責任はハマスにある」と考える人は40歳以上の年齢層では58%だったが、18―39歳では34%にとどまった。
2014年に生じたイスラエルとハマスの衝突では数千人の死者が出たが、その大多数がパレスチナ人だった。当時に比べると、米国人全体でみればイスラエル支持は増加している。だが若い世代における支持の拡大は限られており、2014年の14%に対し現在は20%に上昇しただけだ。上の世代の米国人では、2014年の28%から56%に上昇している。
多くのユダヤ人学生にとって、最近パレスチナ支持の声が高まったことは自分たちの生存権が脅かされているように感じるという。パレスチナ人には同情するものの、イスラエル・パレスチナ紛争についての広範な議論より、ハマスによる攻撃への恐怖の方が勝ると主張する学生もいる。
「対話は行うべきだが、今はその時期ではない」とマナーさんは述べた。「今はユダヤ人に寄り添うべき時だ」
だが他の若者に言わせれば、そうした考え方は、パレスチナ人の窮状を無視してきた長年のパターンをいっそう強めることにつながる。複数の学生は、米連邦政府から自分自身が在籍する学校に至るまで、西側の各機関が示す明確なイスラエル支持の姿勢に不満を表明した。
シカゴ大学の博士課程に在籍するクリストファー・ヤコベッティさんは、パレスチナを支持する活動家は今回のような場合、ハマスを非難するよう求められるのに、イスラエル支持者はイスラエルのパレスチナ攻撃についての意見をほとんど求められないのは「ダブルスタンダード(二重基準)」だと言う。
ヤコベッティさんは、ハマスによる今回の攻撃を1831年のナット・ターナーの反乱(奴隷にされた黒人が白人のバージニア州民数十人を殺害した事件)になぞらえ、たとえ個々の行為が残虐なものだとしても、抑圧された人々の抵抗には正当性があると主張した。
「戦争の目的と、戦争における行為は区別すべきだ」とヤコベッティさんは言う。
<「双方とも傷ついている」>
中東情勢を巡る議論が起き、キャンパスでは抗議集会が行われているが、学生らのネット上での交流にも影響が及んでいる。取材を受けた学生の大部分は、ソーシャルメディアを利用して自分の意見を表明し、仲間の意見を評価していた。
自分も公開の場で何か意見を投稿しなければ、というプレッシャーを感じると言う人は多い。だが同時に、自分の意見が必然的に誰かを怒らせることになり、ブロックされたり、公の場で恥をかかされたり、敵対的な政治論争の中で消耗する恐れがあるという懸念もある。複数の学生が、この1週間、ソーシャルメディアは疲れる場所になっていると語った。
まれに、ネット上で生産的な議論ができることもあると学生らは言う。セントルイス・ワシントン大学のムスリム学生ハディア・カトリさんは、同じ寮で暮らすイスラエル支持の学生とインスタグラムで会話し、「双方に必要なのはより良い指導者だ」という点で意見がなんとか一致したという。
本当はもっと微妙な意味合いを含んだ対話をすべきであるにもかかわらず、ソーシャルメディアによって過度に単純化されてしまい、「人々は完全に分裂している」という思い込みにつながっているという見方もある。
最も過激な意見が最も声高に語られる、と指摘する人は多く、それによって生産的な会話が事実上不可能になっているという。
「どちらかの側に完全に連帯すべし」というプレッシャーを特につらく感じているのが、イスラエルのこれまでのパレスチナ政策に批判的な一部のユダヤ人だ。
イスラエルに封鎖されたガザ地区で死んでいく市民の姿が伝えられる中で、時には家族や友人からの反発を受ける危険を冒しつつ、イスラエルに封鎖解除を求める呼びかけに公然と参加したユダヤ人もいる。
パレスチナ独立を主張する団体「平和へのユダヤ人の声」のメンバーらは、キャンパスにおけるパレスチナ支持デモに参加した。バーナード・カレッジの学生で、この団体に所属する1人の中東出身のユダヤ人は、この団体の理念は紛争の複雑さを浮き彫りにしていると匿名で語る。
この学生はメールで「こういう時期には、どちらか一方の側に偏った態度を取り、分かりやすいラベルを貼るのが楽だが、現実は微妙で不確実だ」と述べた。
ジョージ・ワシントン大学のユダヤ人学生ラフィ・イフカーさんは、どちらの側も潔白ではないと言う。イフカーさんは、近年のイスラエルは右傾化しているため和平実現からは遠ざかっていると語り、ガザへの地上侵攻がさらに多くの民間人の死者を増やすのではないかとの懸念を表明した。
だがイフカーさんは同時に、ハマスによる攻撃後に起きたパレスチナ支持の抗議行動を見て動揺し、抗議参加者がイスラエル人殺害を「美化、または弁解」しているように見えて吐き気を覚えたと述べた。
ワシントンDCの医療関連ロビー活動企業で働くジョシュ・ジョフィさん(23)は、「認知的不協和」を経験したと語る。ユダヤ人としてイスラエルに敬意を払うよう教えられてきたが、紛争における蛮行の多くはイスラエルの責任だと考えるようになったからだ。
こうした意見は親しい友人にしか話さない、とジョフィさんは言う。「まさに今、この事態にすっかり感情が囚われている」人々と疎遠になりかねないと考えているためだ。
それでも一部の学生は、生の感情をあらわにすることが対立を和らげ、共通の足場を見いだすのに役立つのではないかと話す。
冒頭で紹介したスタンフォード大のカダビさんは先ごろ、授業を終えた時にパレスチナ出身の同級生にばったり会った。2人は抱き合い、互いの家族のことを気にかけていると語り合った。
「いま絶対に大切なのは、感情だ。人の目をくらませる力ではなく、互いの溝に橋をかけ、人間が殺されている事態に接して共に痛みを感じていることを伝える力としての、感情だ」とカダビさんは話した。
*システムの都合で再送します
(翻訳:エァクレーレン)
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