経団連は5月29日、定時総会を開催し、日本生命保険取締役の筒井義信氏が新会長に就任した。筒井氏は金融機関出身として初の経団連会長となる。任期は2年で、慣例により2期4年務める見通しである。
会長就任の抱負
筒井会長は、重責を担う覚悟を示し、19名の副会長とともに「成長と分配の好循環」を実現し、公正で持続可能な経済社会の構築を目指すと表明した。会長として「中長期の視点」と「日本全体の視点」を重視し、将来世代への責任を果たす経団連を目指すと述べた。国民や報道機関との積極的な対話を通じて政策実現に取り組む姿勢を強調した。
社会保障制度改革への姿勢
社会保障制度改革については、世代間対立の極小化と給付・負担構造の「見える化」が重要であると指摘。現役世代の負担軽減に向けて、国民的議論を巻き起こす必要性を強調した。超富裕層への課税や所得税の再分配機能強化、資産課税の強化など、応能負担の徹底を基本とする考えを示した。企業としても応分の負担を検討することが不可欠であると述べた。
トランプ関税への対応
米国際貿易裁判所がトランプ政権による関税措置の一部差し止めを決定したことについて、筒井会長は「全ての関税も差し止めてほしい」と期待を表明。米国内でのチェック・アンド・バランス機能に期待を寄せた。今後の日米交渉については、対等な立場で臨み、対話を重視すべきとした。業種や企業規模ごとに異なる影響を踏まえつつ、経済界全体に理解される包括的なメッセージを発信する意向を示した。
今後の経団連運営方針
筒井会長は、「FUTURE DESIGN 2040」の実現に向けたロードマップを描き、「科学技術立国」「貿易・投資立国」の実現を目指すとした。激動する内外情勢の中で、経団連がフロントランナーとして将来世代への責任を果たすことの重要性を改めて強調した。
「FUTURE DESIGN 2040」とは
「FUTURE DESIGN 2040」とは、経団連が2040年の日本社会のあるべき姿を示し、その実現に向けた政策や施策を体系的にまとめた将来ビジョンである。「成長と分配の好循環」~公正・公平で持続可能な社会を目指して~を基本理念とし、少子高齢化・人口減少や資源制約など日本が直面する構造的課題を踏まえ、将来世代に希望を持てる社会の実現を目指す。
このビジョンでは、以下の6つの柱となる施策が掲げられている。
- 全世代型社会保障
- 環境・エネルギー
- 地域経済社会
- イノベーションを通じた新たな価値創造(Society 5.0+)
- 教育・研究・労働
- 経済外交
これらの施策は、相互に複雑に絡み合う「入れ子構造」を成し、個別の分野にとらわれず全体最適の視点で推進することが重要とされる。政府のみならず企業や多様なステークホルダーが「社会性の視座」に立ち、協働して取り組むべきであると提言している。
また、「科学技術立国」「貿易・投資立国」を目指す経済・産業の方向性を示し、その基盤として公正・公平で持続可能な社会の構築を重視している。
「FUTURE DESIGN 2040」は、経団連が今後の日本社会の発展と持続可能性のために、産業界を中心としつつも広く社会全体の課題解決に向けた具体的な道筋を示す戦略的提言であるとしている。
新会長の人物像
筒井義信(つつい よしのぶ)氏は1954年1月30日生まれ、兵庫県神戸市出身の実業家である。兵庫県立神戸高等学校を卒業後、京都大学経済学部に進学。大学卒業後の1977年に日本生命保険相互会社へ入社した。当初は銀行への就職を志望していたが、面接官の人柄に惹かれ日本生命を選んだ経緯がある。
入社後は企業保険業務課や東京調査第一課など企画系の部署を中心にキャリアを積み、特別法人営業第二部、秘書部秘書役、市場開発部次長兼広宣課長など多様なポジションを経験。長岡支社長、企画広報部長、取締役総合企画部長、取締役専務執行役員などを歴任し、2011年に代表取締役社長、2018年には代表取締役会長に就任した。
日本生命での経営経験に加え、JR西日本やパナソニックホールディングスなど複数の大手企業で社外取締役を務めた実績も持つ。また、経団連では2019年から審議員会副議長、2023年から副会長を歴任し、2025年5月に金融機関出身者として初めて経団連会長に就任した。
筒井氏は「部下に任せる」「人の話を最後までよく聞く」といった姿勢を重視し、現場や顧客との接点を大切にする経営哲学を持つリーダーである。サステナビリティ経営やデジタル化、ESG投資などにも積極的に取り組んできた人物である。
筒井会長は、IIJの社長対談「人となり」(2021年12月)の中で、リーダーにとって最も重要な資質は「人徳」であると強調した。経験や知識も大切だが、それ以上に人望や見識の根底となる「人徳」が不可欠だと語る。7万人を超える社員に自らの考えを伝える際は、「リーダーには“言葉”しかない」との信念を持ち、キーワードを織り交ぜて心に響くメッセージを届けることを意識している。また、話し方にも工夫を凝らし、「間」を十分に取り、抑揚やスピードを変えることで伝わり方を高めているという。
「人徳」の具体的な中身については、「ブレない姿勢」が肝要だとし、信念を持ちつつも経営環境の変化を柔軟に取り入れながら、一貫性を保つスタンスが重要だと述べている。さらに、自身の経営哲学を表す言葉として「時勢」を挙げ、世の中の流れを意識し、その時々で最適な判断を下すことの大切さを説いている。
筒井新会長は、経済成長と分配の好循環、公正な社会保障制度、国際情勢への柔軟な対応を柱に、経団連の新たなリーダーシップを示した。今後、国内外の課題に対し、中長期かつ全体最適の視点で取り組む姿勢が注目される。
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