ぬいぐるみを抱きしめ、布団にこもり、競争から降りる。
「頑張ること」が正義とされた社会の中で、中国の若者たちは次々と歩みを止めている。彼らが選んだのは、戦うことでも諦めることでもない。ただ静かに「生き延びる」という方法だった。
中国で「赤ちゃん化」と呼ばれる現象が広がっている。本来は赤ちゃんや恋人同士だけが使う「宝宝(バオバオ)」、英語の「baby」に近い愛称が、いまではSNSのやりとりや日常会話で誰にでも気軽に使われている。
二十代、三十代の若者がキャラクター服を着て、アニメ柄の水筒を持ち歩く。机の上にはぬいぐるみ。中には、開けてみるまで中身が分からない「ブラインドボックス」を次々と買い集める人も多い。日本でいうと、ガチャガチャ(カプセルトイ)に近いもので、何が出るか分からないワクワク感をもう一度取り戻そうとしているのだ。買っているのはモノではなく、「無邪気だった頃の感覚」である。

心理学者は「これは過剰なストレスと無力感の裏返しで、現実に耐えきれず幼児的行動に退行している」と指摘する。社会の期待に応えようとしても報われず、頑張るほど心が削られる。その反動で、人々は「甘えられる自分」に戻ろうとしているのだという。
一方、赤ちゃんに戻らなかった一部の若者たちは、現実から身を隠すように「地下」へと走った。彼らは「ネズミ人」と呼ばれ、昼過ぎに目を覚まし、スマホで外食デリバリーを注文し、食べ終えたらまた布団へ戻る。窓は閉め切られ、太陽の光も入らない。生活圏はスマホと暗い部屋の隅だけ。SNS上では「社会が怖い」「人と話すのが疲れる」とつぶやく声が絶えない。外の世界が壊れているのか、自分が壊れているのか、誰にも分からない。

退行(赤ちゃん化)や地下(ネズミ人)を選ばなかった一部の若者たちは「横になる」ことで社会への適応を拒んでいる。彼らは「タンピン族(躺平)」と呼ばれる。「横」になって出世競争から降り、必要な分だけ働き、必要な分だけ食べる。それ以上は望まない。努力しても報われない社会なら、最初から戦わない方がましだと気づいた若者たちの静かな抵抗である。
赤ちゃんのように振る舞う人も、布団の中に潜る人も、横になって働くのをやめる人も、形は違えど抱えているものは同じだ。過剰なストレス、見えない将来、報われない努力、そして生きづらさ。社会が人を押しつぶすほど重くなり、彼らはそれぞれの方法で「逃げ場」をつくっている。
ほんの短いあいだ「赤ちゃんに戻ってみたり」「布団にもぐったり」「横になったり」することで、若者たちは押しつぶされそうな現実から、わずかな呼吸の余裕を得ているのかもしれない。だが、本当に壊れているのは、彼らではなく、逃げなければ生きられない社会のほうなのかもしれない。

現代中国の「頑張らない世代」を象徴するイメージ画像(AI作成/大紀元)
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