中国 命乞いから安堵へ 警察到着の瞬間

警察が来て安心する犯罪者? 中国の人さらい女の異様な瞬間

2026/01/30 更新: 2026/01/30

中国では昔から、人さらいが絶えることがなかった。
失われたその子どもの写真を貼った尋ね人の紙を手に、親たちが街角や駅前をさまよう姿は、多くの人が一度は目にしたことがある。成長した我が子がどこで生きているのか分からないまま、何年、時には何十年も探し続ける。そのあまりにも哀れな光景は、中国社会に深く刻まれてきた。

かつてであれば、さらわれた子どもは人身売買の末、人里から離れた山奥の村に嫁として売られたり、子を持たない家庭に引き取られたりすることが多かった。人生を奪われることに変わりはないが、少なくとも命が残る可能性はあった。

しかし近年、中国では臓器収奪が深刻な社会問題として横行している。国際社会からも長年にわたり指摘と非難を受けてきたこの実態によって、子どもがさらわれることの意味は決定的に変わった。

いま子どもが連れ去られれば、それは「一巻の終わり」と受け止められている。行き着く先で臓器を抜き取られ、あとはぼろ雑巾のように捨てられ、二度と戻ってはこない。そうした恐怖は、もはや噂ではなく、現実として社会に浸透している。

だからこそ、人々は人さらいを心から憎んでいる。
それは単なる犯罪への怒りではない。子を奪われ、人生を壊された家族の痛みを、多くの人が自分のことのように知っているからだ。

そのため、中国各地では人さらいが現行犯で捕まると、警察が到着する前に市民が手を出す例が後を絶たない。怒りを抑えきれず、集団で殴る蹴るといった私的制裁が加えられ、場合によっては命を落としかねないほどの暴行に発展することもある。
是非はともかく、「人さらいだけは許さない」という感情が、長年にわたり社会の底流に流れてきたのは事実である。

こうした空気の中で、1月13日夜、中国湖南省の邵陽市(しょうようし)で、子どもを連れ去ろうとしたとされる女が市民に取り押さえられた。

ネットに拡散した動画には、女が地面に跪き、「もう二度としない」「許してほしい」と声を震わせながら必死に命乞いをする様子が映っている。周囲には怒りをあらわにした市民が立ち、張り詰めた空気が漂っていた。

ここまでは、珍しい光景ではない。
人さらいが捕まったとき、最も恐れるのは警察ではなく、市民の怒りである。女の必死な姿からも、それははっきりと読み取れる。

だが、次の瞬間、場の空気が変わった。

警察官が現れると、女は瞬時に背筋を伸ばし、「警察が来た」と声を張り上げた。その振る舞いは、まるで救いが来たかのようだった。女はその場で、自分の母親に連絡するよう求めた。

この反応は、多くの人に強烈な違和感を与えた。
一般に、犯罪の現場で警察が到着すれば、逃げ場を失った恐怖や諦めが先に立つ。
だが、この女の反応は、それとは明らかに異なっていた。

中国では、人さらいが摘発されても「五年以下の懲役」にとどまるケースが多いと広く知られており、かねてから「被害の深刻さに比べて刑が軽すぎる」「悪人を守る法律だ」として、厳罰化を求める声が絶えない。

さらにネット上では、中国の人身売買組織だけでなく、臓器収奪産業と警察当局との癒着を疑う見方が根強い。「これほど監視カメラが張り巡らされているのに、なぜ人さらいは捕まらず、失踪者も見つからないのか」。そうした疑問を重ねた末、人々は「人身売買や臓器収奪といった闇の産業は、警察と裏でつながっている以外に説明がつかない」という答えに行き着いた。

今回の映像についても、「警察が来れば、市民による私的制裁は止まる。命に関わるほどのリンチを受けずに済む。そのために安堵したのではないか」という見方がある一方で、別の疑念も噴き出した。

ネット上には、「拘置所に入るのは家に帰るようなものだ」「賄賂やコネがあれば簡単に軽い処分になる」といった声が殺到した。

警察を恐れるどころか、むしろ頼りにしているように見えたその一瞬が、多くの人に深い不信を残したのである。

李凌
中国出身で、日本に帰化したエポックタイムズ記者。中国関連報道を担当。大学で経済学を専攻し、中国社会・経済・人権問題を中心に取材・執筆を行う。真実と伝統を大切に、中国の真実の姿を、ありのままに、わかりやすく伝えます!
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