中国共産党(中共)の情報活動は、単なる諜報を超え国家統治と一体化している。官民を横断するネットワークと影響力工作の実態を整理し、西側諸国に求められる包括的な対抗戦略を分析する。
過去30年にわたり、西側は中共の世界的なスパイ活動、浸透、影響力工作に関する記録・分析の分野で著しい進展を遂げてきた。
初期の研究や分析文献は、中共による世界規模の諜報・スパイ活動が重大かつ拡大する脅威である点に主に焦点を当て、その行動の一定のパターンを整理するにとどまっていた。しかし近年になり、「いかなる政治・制度体制が、このような大規模かつ広範な浸透と影響力工作を生み出しているのか」という根本的な問いが提起されるようになった。研究は次第に、その背後にある主体、すなわち中共そのものへと焦点を移しつつある。
中共は本質的にスパイ国家である
ジェームズタウン財団の上級研究員であり、元米陸軍将校、元米国外交官、産業安全調査官でもあるマット・ブラジル(Matt Brazil)は、『ディプロマット』誌の最新分析で、中共の諜報活動は極めて広範かつ遍在的であると指摘している。
例えば、米海軍に所属する華人を買収して軍事機密を流出させる事例、組織的ハッカーによる西側インフラへのサイバー攻撃、さらにはLinkedIn、Indeed、Upworkといった海外の求人プラットフォームを悪用し、偽の求人を装って情報収集を行う手口などが確認されている。
同記事によれば、これまで世界各地で数百件に及ぶ訴訟資料、情報分析、ネットワーク調査、起訴文書を通じて、中共の情報要員およびその協力者が、いかにスパイを勧誘し、西側の技術を窃取し、サイバー攻撃を行い、世界規模で影響力工作を展開してきたかが詳細に明らかにされている。中でも米国の起訴文書は特に精緻である。
著者は、こうした証拠の蓄積により、西側における中共の諜報・スパイ活動に対する理解は成熟段階に入りつつあると指摘する。ピーター・マティス(Peter Mattis)氏やアレックス・ジョスケ(Alex Joske)氏らの研究は、個別事案の分析から一歩進み、中共そのもの、そしてその目標、機関、組織構造へと分析の焦点を移している。
すなわち、中共がこれらの活動を行う根本的な動機、情報活動の組織・指揮体制、さらには公式の情報機関以外に関与する主体に至るまで、包括的な分析が進められているのである。
記事は、中共の諜報・スパイ活動は単なる情報機関の活動にとどまらず、その政治体制そのものから生じたものであり、スパイ・情報活動は統治の中核的手段の一つであると指摘する。国家安全部、公安部、軍、そして各種の情報・スパイ部門は、政治権力の維持、情報収集、浸透活動、技術窃取、特定社会集団の統制に至るまで、国家統治の主要な手段として機能している。
これらは巨大な党国家体制の中で運用され、その目的は権力の維持と強化にある。
中共主導のスパイネットワーク
記事によれば、国家安全部、公安部、軍は中共の中核的な情報・安全機関である。国家安全部は主に民間分野における情報収集および防諜を担い、公安部とその傘下の地方公安機関は主に国内治安を担当するが、近年は海外における情報活動や越境弾圧にも関与している。いわゆる海外警察拠点の問題がその一例である。
軍は軍事情報、技術収集、サイバー能力の運用、軍事近代化の支援を担っている。
これら中核機関の周囲には、国有企業、民間テック企業、大学、研究機関、統一戦線組織、民間請負業者、さらには個人に至るまで、広範なネットワークが形成されている。
2024年初頭に発生した上海の民間サイバーセキュリティ企業iSOON(安洵信息)の大規模な内部文書流出や、Natto Thoughtsの分析は、こうした表向き民間企業が国家安全業務に関与し、当局の隠れ蓑として機能している可能性を示唆している。
著者は、「全民を動員したスパイ活動」という見方はやや誇張であり、海外華人を不当に巻き込む危険があると指摘する一方で、中共は社会全体を無差別に動員するのではなく、政府機関、企業、大学、研究機関、専門団体、海外組織、特定個人など、目的に応じて対象を選別し動員していると述べる。その本質は、党国家が主導する統合的なシステムに基づく行動である。
巨大で統合的かつ分散的な情報ネットワーク
記事は、中共のスパイ・情報システムはまず政治目標に奉仕し、その上で作戦目標に基づいて運用されると指摘する。その核心は体制の安全、すなわち党による絶対的な権力支配の維持にある。
中共体制の下では、情報収集、政治的影響力の行使、技術獲得、軍事近代化、経済発展は、それぞれ独立して進められるのではなく、相互に連動した単一の政治戦略の構成要素である。
このような一体的運用により、中共はサイバー諜報、人間情報、影響力工作、技術獲得、越境弾圧に同時並行で大規模な資源を投入している。先端技術の獲得は対外的な影響力を強化し、海外での浸透と影響力の構築は外部からの脅威の低減と国際認識の形成につながる。また、情報活動は軍事近代化を支え、国内統制は支配基盤の強化に寄与する。
台湾、東南アジア、欧州、北米など、地域を問わずこの戦略的枠組みは共通している。習近平政権が国家安全関連の立法を拡充しているのも、この統治思想の具体化である。「国家安全法」「反スパイ法」「国家情報法」「データ安全法」などは、情報と安全に関する責務を党国家体制のあらゆる層に組み込んでいる。
従来の慣行とは異なり、習近平政権の法制度改革は、あらゆる組織と個人に対し国家安全任務への協力を義務付け、それを強制可能とする包括的な法的枠組みを整備した。
また現在の中共の情報・スパイ活動は、単一の手段に依存することは少なく、人材勧誘、サイバー活動、商業関係、法的権限、影響力工作、越境弾圧などを組み合わせて相互補完的に運用されている。例えば、サイバー侵入を通じた人材勧誘、商業協力を通じた情報収集、浸透活動を通じた技術獲得などが挙げられる。個別に表面化する事案は、巨大な全体戦略の一部にすぎない。
さらにこのシステムは進化を続けている。習近平政権下では、政治的には権力集中が進む一方、実務面では分散化が進展し、請負業者や企業、専門家、デジタル技術への依存が高まっている。この構造は拡張性と秘匿性を高め、公式機関の外部にある資源の活用を可能にしている。
西側 必要とされる対抗策と国際連携
記事は、中共による情報・スパイ上の挑戦は体系的なものであり、西側の対応もまた体系的でなければならないと指摘する。個別案件の訴追は必要ではあるが、それは結果への対処にとどまり、根本的な制度構造には及ばない。
著者は、西側諸国は中共の情報・スパイシステム全体を理解する必要があり、個々の機関のみを個別に分析するべきではないと強調する。また、中共が情報機関に与えている任務は、体制維持、政治情報の収集、技術獲得、軍事支援、影響力工作、越境弾圧といった包括的なものであると認識する必要があるとする。
さらに西側政府は、防諜意識の向上、研究安全の強化、重要技術の保護に加え、中共の越境弾圧の対象となる海外華人コミュニティへの支援を強化すべきである。排除ではなく協力を通じて制度の強靭性を高めることが重要である。また、請負業者、フロント企業、共同研究機関、商業主体、政府と社会の間で活動する協力者といった中間主体にも十分な注意を払う必要がある。
加えて、同盟国間の緊密な連携、すなわち情報共有、輸出管理、投資審査、研究保護、越境弾圧対策も極めて重要である。
最後に著者は、中共の情報・スパイ体制は近年に形成されたものではなく、約1世紀にわたる発展の結果であると指摘する。1920年代に地下組織を構築して以来、スパイ・情報活動は革命闘争、政治統制、国家権力の中核的手段であり続けてきた。
この1世紀の間に組織は再編、改称、統合、分裂、再建を繰り返してきたが、その根本理念は変わっていない。現在の体制は中共の本質に由来するものであり、個別の改革や特定指導者による創出ではない。
記事は最後に警鐘を鳴らす。西側が直面する最大の課題は個別のスパイ行為ではなく、政治権力、安全機構、経済政策、技術発展、社会集団を一体化した国家システムそのものに対し、必要な資源を投入して効果的に対処することである。この深刻化する挑戦に対し、各国の民主主義国家が対応能力を速やかに強化し、同時に華人コミュニティに対する不当なレッテル貼りを避けなければ、状況は一層悪化する可能性が高い。
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