なぜ秦の始皇帝が初めて「皇帝」を称したのか【千古英雄伝】

「皇帝」という尊称が現れる前、帝王は「皇」「帝」「王」と称していました。例えば、「三皇」「五帝」周文王などがあります。
2024/03/12 心語

韓信――(2) 項羽の出世【千古英雄伝】

死物狂いとなった楚軍は、稲妻のようなスピードで秦軍を取り囲み、全軍が勇猛で多勢の敵に当たりました。項羽は兵士の先頭に立って奮戦し、楚軍は戦えば戦うほど勇気が出てきて、秦軍を恐怖に陥れて、九戦九勝しました
2022/01/23

韓信――(1) 剣を持って従軍する【千古英雄伝】

戦国時代の末期、割拠していた諸侯国に取って代わり、秦の始皇帝は天下統一を果たしました。しかし、始皇帝は在位三十七年、巡行中に沙丘(訳注:現在の河北省邢台市広宗県)で急逝しました
2022/01/17

中国建築上の十の奇跡(五)―秦始皇帝陵

周王朝以来、全て王朝の君主は「天子」と尊称されています。「天子」本来の意味は君主が天の子であり、天命により君主に人間の権威を付与することです。始皇帝以来、歴代の君主は皇帝と呼ばれ、天子も併用されています。秦始皇帝陵と明の成祖・永楽帝の紫禁城は雄大で美しくて、その上、迫力もあり、天子の尊威を表しています。また、文化上、美術上においても、千古不易の名作となっています。この二つの傑作は「天人合一」の意に従っています。
2021/07/16

中国建築上の十の奇跡(二)―万里の長城

万里の長城は春秋と戦国時代に修築が始まった。紀元前214年、蒙恬将軍は始皇帝の命を受け、三十万人の軍勢を率いて、匈奴に迎撃した。秦、趙、魏、燕の国々によって建てられた旧城壁を繋いだ。臨洮から遼東まで何万キロメートルを伸び、それ以来は「万里の長城」と呼ばれた。
2021/07/07

中国建築上の十の奇跡(一)―襄陽護城河

中国五千年の文明史の中で、漢民族の人たちは不滅の文化を創造した。それは中国の人々、そして世界の人々に豊富、貴重な歴史の財産を残した。この中で偉大で壮大な中国古代水利プロジェクト、何千年もの間世界の技術を超え、世界の人々に驚かせた。ここでは壮大で美しく素晴らしい歴史的な写真をお楽しみいただけます――襄陽護城河(堀)、都江堰、秦始皇帝の霊廟、霊渠、楽山大仏、敦煌莫高窟、カナート、北京-杭州大運河、北京紫禁城、万里の長城。
2021/07/07

三尺の土地を譲った隣人

明の時代に、舒芬(すうふん)と言う人がいた。12歳の時に知府(今の知事に相当)に書を献上するため《馴雁賦》を書き上げ、博識者として名を馳せた。正徳十二年(1517年)、壮元(科挙における成績最優秀者)を取り、翰林院修撰の官職に就き、国史の編纂に従事した。時の皇帝・明武宗は理不尽なことを言い、常軌を逸した行いをするため、剛直な舒芬は朝廷の大臣たちと共に明武宗を諫めることがあったが、その度に処分された。正徳十四年、舒芬はまたもや武宗へ直言したことにより、宮殿の階段下でひざまずくこと5日間、棒たたき
2021/04/02

万里の長城が2000年経っても丈夫な秘密

中国の始皇帝が建てた万里の長城は、長い歴史を通じて外敵の侵略を防ぎました。二千年以上経った今でもその全貌を見ることができます。中国古代の多くの宮殿、陵墓、仏塔なども万里の長城と同じく数千年経っていますが、壊れることなく今も堅固です。古代の建築物はなぜこれほど丈夫なのでしょうか?一部の歴史家は、古代によく使われていた「もち米モルタル」が理由であると指摘しています。
2020/05/10

始皇帝と仙人の出会い

中国戦国時代の始皇帝(しこうてい、紀元前259~210年)は、仙人術を好んでいた。不老不死の仙薬を求めて徐福を海外に派遣した伝説は、よく知られている。
2020/05/08

2200年前、日本に農具や五穀を運んだ伝説の人

今から2200年前の秦の時代の中国に、徐福という人物がいました。『史記』によると、徐福は始皇帝から命を受け、幼い子供たち500人を含め総勢3000人の集団を引き連れ、仙人と不老不死の仙薬を求めて、中国大陸から東方の桃源郷、日本へ渡ったとされます。
2019/04/04

秦の始皇帝陵

 中国初の皇帝となった秦の始皇帝(紀元前259~210年)の墓「秦始皇帝陵」は、陝西省西安市から北東に30キロメートル離れた驪山(りざん)の北側にある。この墓は1974年に地元住民によって発見され、その後、墓を取り囲むように配置された8千数百体に及ぶ兵士や馬をかたどった兵馬俑(へいばよう)が発掘された。しかし、規模が大き過ぎる上に、発掘された文物を保護する技術が未熟なため、墓本体の地下宮殿は依然として埋もれたままである。未発掘のこの地下宮殿には七つの謎が伝わる。
2016/02/17

中国西安:始皇帝・兵馬俑、カビ菌の侵食が深刻化

 【大紀元日本10月27日】北京晨報の報道によると、ベルギーの科学者ポール・ストッフェルス博士は、兵馬俑より青かび、コウジカビ、リゾープス菌(Rhizopus chinensis)、トリコデルマ(土壌
2006/10/27