中国伝統文化と日本(六) 漢詩を遺した赤穂浪士
江戸時代の中期、元禄16年(1703)というと今から319年前のことになる。その2月4日(新暦3月20日)に、前年の12月14日に本所松坂町の吉良邸へ討ち入った赤穂46士が、が、幕命により切腹して果てた。
唐文化が日本文化にもたらしたもの(上)
唐の太宗の時代は、中国史上、屈指の盛世時期だとされ、中国は文武ともに天下を垂範していた。その文化、儀式、法規範、文物はすべて近隣諸国に取り入れられ、 都・長安は、世界各国からの使者、留学生、僧侶が集まる国際都市となった。
【漢詩の楽しみ】杭州春望(杭州の春望)
望海楼(ぼうかいろう)明らかにして曙霞(しょか)に照らさる。護江提(ごこうてい)白くして晴沙を蹋(ふ)む。涛声、夜入る伍員廟(ごうんびょう)。柳色春蔵す、蘇小の家。
白居易が歌妓の更なる一曲を求め 「琵琶行」
白居易の長編詩「琵琶行」は、作者が江州の司馬へ左遷された翌年(816年)の作である。その左遷された失意の地で、ある月夜の晩、旅立つ友人のためにささやかな船上の宴を催した。ふと水上に聞きつけた琵琶の音。田舎に似合わない洗練された音色に引かれ、その琵琶弾きの女の小舟を呼び寄せた。灯火を向けると、女は袖で顔を隠している。
蘭亭の賢人 書聖・王羲之
歴史に名を残す人物の中でも、物書きはメッセージを明確に伝える人と言えるでしょう。紙にしたためられた思想や夢は、拭い去られることなく残されます。漢詩一行からでも、古(いにしえ)の作者の思想を読み取ることができます。
【漢詩の楽しみ】 楓橋夜泊(ふうきょうやはく)
【大紀元日本9月28日】 月落烏啼霜満天 月落ち烏啼いて 霜天に満つ 江楓漁火対愁眠 江楓漁火 愁眠に対す 姑蘇城外寒山寺 姑蘇城外 寒山寺 夜半鐘声到客船 夜半の鐘声 客
【漢詩コーナー】敕勒歌(北斉・斛律金)
【大紀元日本5月19日】敕勒歌 北斉・斛律金敕勒川Chìlè chuān陰山下Yīnshān xià天似穹廬Tiān
【漢詩コーナー】母恩 <母の日に寄せて>
【大紀元日本5月11日】唐の孟郊が「誰(たれ)か言う 寸草の心 三春の暉(き)に報い得んと」(遊子吟)と詠んだように、母の慈愛ほど大きく深いものはありません。 今日は母の日。「母恩」と題する詩をご紹
【漢詩コーナー】遊子吟(唐・孟郊)
【大紀元日本4月21日】昨年の今頃、パーキンソン病を患っていた知人が亡くなりました。実はこの知人、数年前に最愛の息子さんを事故で亡くしており、その一月後に会ったときの変わりようといったら……。多少不
【漢詩】詠知交 (交わりを知る)
【大紀元日本3月4日】昔から「寄らば大樹の陰」といい、人は集団から離れて孤独になることを恐れ、とかく利益には弱く、権力側の誘導と宣伝に乗り易く、日頃の交わりを断ち切ってその信を失いがちです。 その典