日本語の「キク(菊)」の語源には諸説あるが、漢音からきたジュクあるいはククがもとになっているらしい。
興味深いのは漢字のほうで、米を握ったおにぎりのように、花びらが集まって球状をなすことから「菊」の字が成立したという。そう言えば、球体の遊具を鞠(まり)と呼ぶ。「まり」は、革(かわ)でできた円(まる)いものの意である。
野菊の愛らしさも捨てがたいが、キクは園芸種となってから、人間との新たな関係が生まれた植物である。鎌倉時代の後鳥羽院が身辺のものにこのデザインを取り入れたことから、日本のロイヤルファミリーの象徴にもなった。
江戸時代になると、隠居した武士から裕福な町人まで、こぞって夢中になった趣味に「園芸」がある。とくに江戸文化の最盛期である元禄の頃には、ハナショウブ、ボタン、キクなどの品種改良が進んだ。華やかな時代の気分に合った、新しい流行と言ってよい。
また、菊の花と聞けば、日本人好みの禅的な美にも通じる風景として、この漢詩の一節を思い出す。陶淵明(とうえんめい)の『飲酒』にある「採菊東籬下、悠然見南山」である。
「菊を採る東籬(とうり)のもと、悠然として南山を見る」。東の垣根のもとで菊の花を摘めば、はるか遠くに、悠然とした廬山(ろざん)が見えた、という。
昔の日本人は、漢詩を育んだ中国の実景を見てはいない。しかし、豊かな想像力のなかで、異国の菊とともに、遠く廬山を見ていたことは共感してよい。
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