この棘(とげ)のある植物を「いばら」と呼ぶ。
古来それが多い土地であったかどうかは不明だが、関東地方に茨城(いばらき)という県があり、大阪府には茨木市という地名がある。
もとは「(う)ばら」に近い発音だったらしい。
今ではカタカナで表記されることが多いので外来語のように見えるが、バラは和語の発音からきた名前である。言うまでもなく、英語はローズで、中国語の通称は玫瑰(メイグイ)であるから、「ばら」は日本語なのである。
この花には、「薔薇(そうび・しょうび)」という古称もある。
『古今和歌集』に見られる「我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなるものと言ふべかりけり」は、紀貫之の一首である。
歌意は、「私は今朝、初めてバラを見たよ。その花の趣は、うわべばかりの華やかさで、大したことはないなあ」。要するに「バラは、つまらない」とケチをつけているのだ。やや技巧に走り過ぎている感があり、秀作とは言い難い。
「けさ(今朝)」と「うひに(初めて)」の間に「そうひ(薔薇)」という花名を隠し入れてある。おそらく、それがしたくて詠んだ紀貫之の戯れ歌だろう。
もちろん日本にも在来種の野ばらは自生していた。ただ、平安朝の前期ごろに、中国から庚申薔薇(こうしんばら)が日本へもたらされている。
そうすると、ここで紀貫之が「初めて見た」というバラは、中国からの珍しい渡来物だったことになる。あいにく貫之のお気には召さなかったらしいが。
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