[ソウル 3日 ロイター] – 北朝鮮では長いあいだ、「インジョコギ」と呼ばれる人造肉が人々の命をつないできた。通常は豚の餌となる大豆油の絞りカスを平たく伸ばし、黄土色の帯状にされたものだ。そのなかにコメを詰めて、チリソースをかける。
現在では、インジョコギは屋台で人気の食べ物となっており、「ジャンマダン」と呼ばれる半合法的な闇市場で他のモノやサービスと共に売られている。
脱北者によれば、このような市場は同国に数多く存在する。インジョコギのような食べ物の非公式売買からは、長引く孤立や虐待、制裁によって疲弊した北朝鮮を支える「物々交換経済」の実態が垣間見える。
「昔は、肉の代わりにインジョコギで腹を満たしたものだ」と、2014年に韓国に脱北したCho Ui-sungさんは話す。「今では、味がおいしいと食べられている」
ソ連の支援を受けて社会主義国家として誕生した北朝鮮だが、1991年のソ連崩壊によって経済は麻痺し、中央集権的な公的配給制度(PDS)も停止に追い込まれた。それにより、300万人が命を落としたとされる。
生き残った人々は手当たり次第、食糧を見つけ出し、物々交換し、新たな料理を考案することを余儀なくされた。市民が自ら率先して行動するようになり、食べ物や衣服など基本的な生活必需品を得る手段として、多くが個人取引を行うようになったと、さまざまな研究が示している。
非公式市場の普及はまた、北朝鮮経済の正確な把握を困難にしている。したがって、制裁が一般市民にどれくらい悪影響を与えているのか知ることは難しい。北朝鮮の食糧品輸入は制裁の対象外となっている。
北朝鮮政府は、制裁によって同国の子どもたちの命が危険にさらされていると主張する。今年はトウモロコシが不作だったため、地方では食糧不足に陥っていると、脱北者らは語る。支援団体はこうした状況を把握できずにいる。
北朝鮮は、国民の7割が主な食糧源としていまだに国家配給システムを使用しているとしている一方で、国連は同じく7割の北朝鮮国民が「食糧不足」に陥っていると予測している。
しかし各調査や脱北者の証言は、大半の北朝鮮人にとって、民間市場が主な供給源となっていることを示している。
国連の世界食糧計画(WFP)や食糧農業機関(FAO)によれば、必要とされる以上の食糧が北朝鮮に届けられている兆しはないという。「主な問題は、主食がコメかトウモロコシ、キムチと味噌といった変化に乏しい食事には、必要不可欠な脂肪やタンパク質が不足していることだ」と、これら機関は声明で指摘している。
<イカナゴのソース>
韓国中央銀行によると、北朝鮮経済の成長率は昨年3.9%で、17年ぶりの高い伸び率を記録。多くの経済先進国よりも高かった。
その主たる原動力は、鉱業や市場改革、そして世界最大級の経済国である隣国、中国との貿易だ。北朝鮮で慢性的な飢きんが発生する兆しを最近では2013年に目にしたが、複数の脱北者によると、食糧供給は近年改善されているという。
脱北者8人はロイターに対し、韓国で人々が食べているのとほぼ同じものを北朝鮮で食べていたと話した。食品を保管する棚の中身について尋ねると、彼らのほとんどが、個人で育てた野菜や地産のコメやスナック菓子、また、貧しい人の場合はより安価なトウモロコシが棚を占めていたと語った。
比較的若くて裕福な脱北者は、肉が豊富にあったが、冷蔵庫を使用するには電力供給が不安定なため季節が限られていたと語る。一般的なのは豚肉だが、犬やウサギ、アナグマも食べたという。
屋台を出したり片づけたりするその素早さから「グラスホッパーマーケット」として知られる一部の市場は今でも違法だが、国家に出店料を支払えば、自由に売り買いできる認可された公式の市場もある。
インジョコギのような創作料理も、こうした露店で売買される食べ物に含まれている。低カロリーだが、タンパク質や食物繊維が豊富であり、筋肉増強に役立ち、飢えをしのげる。韓国首都ソウルで栄養学の博士号を取得した北朝鮮惠山市出身のシェフ、Lee Ae-ranさんはそう指摘する。「タンパク質が豊富で、噛みごたえもある」という。
インジョコギのソースがまたおいしいと、前出の脱北者Choさんは言う。「海の近くに暮らす人は、ソースにカタクチイワシを刻んだものを使う。一方、地方の人はトウガラシを入れる。私は沿岸部に近かったので、刻んだイカナゴを入れていた」
脱北者のジャーナリストが運営する韓国の北朝鮮専門ネット新聞「デイリーNK」はジャンマダンを監視している。8月の報道によると、北朝鮮には計387の認可された公式市場があり、50万超の露店が存在する。国民500万人以上が「直接あるいは間接的」にこうした市場に依存しており、「生き残るために不可欠かつ不可逆的な手段として、北朝鮮社会に定着している」という。
ソウル大学のByung-yeon Kim教授が2015年に脱北者1017人を対象に実施した調査によると、PDSのような公的な食糧配給手段は国民の食糧摂取量のわずか23.5%を占めるにすぎなかった。回答者の約61%は、民間市場が最も重要な食糧供給源だと答え、残りの15.5%は自給自足と回答した。
つまり、公式な配給システムは多くの北朝鮮人にとってほとんど無意味である可能性がある。
<平壌でピザ>
他の国々のように、北朝鮮の富裕層には選ぶ自由がある。首都平壌の住民は、市内に数百件あるレストランからピザを注文することができると、定期的に同国を訪れる外国人たちは言う。
飲食店の多くは国有企業によって経営されている。一部の店は、かつては観光客向けだったが、今では北朝鮮人にも開放し、ドルやユーロといった外貨を稼ぐ店が増えているという。
例えば、「光復通りのイタリアン」として有名なレストランでは、住民も西側の観光客も料理の価格は同じで、ボンゴレパスタは3.5ドル(約400円)、ペパロニピザは10ドルとメニューにある。一方、市場では、トウモロコシは1キロ当たり30セント、インジョコギ1人前は50セントで売られている。
北朝鮮経済が変わるにつれ、カネのある中間層の嗜好も変化し、新しい食べ物への欲求が高まっている。国営メディアによれば、金正恩・朝鮮労働党委員長は国産品をもっと増やすよう求めている。
北朝鮮では、菓子やスナック、キャンディーの国内生産が増えている。同国は詳しい輸入データを公表していないが、中国のデータによれば、今年1─9月に北朝鮮向けの砂糖輸出は4万4725トンに急増した。2016年は1236トン、2015年は2843トンだった。これは、中国の砂糖輸出の約半分に相当する。
北朝鮮は砂糖を生産していない。
その一方で、今年1─9月の北朝鮮向けトウモロコシ輸出も5万トン近くに急増したと中国のデータは示している。2016年は通年でわずか3000トン余りだった。
デイリーNKの記者たちは週に数回、北朝鮮の情報筋に電話し、コメやトウモロコシ、豚肉や燃料の市場価格、そして北朝鮮通貨ウォンの市場相場を確認している。公式レートは1ドル100ウォン程度であるのに比べ、市場では1ドル約8100ウォンで取引されている。
同メディアの報道によると、これまでのところ、ガソリンやディーゼルの市場価格は、国連が追加制裁決議を採択して以来、2倍に跳ね上がっている。それに比べると、コメとトウモロコシの価格はそこまで激しく値上がりしていないという。ロイターはこれら報道を独自に確認できなかった。
北朝鮮の国民が食糧を補う方法は他にもある。
「私の父はよく賄賂を受け取っていた」と、Kangという名字だけ明かした28歳の脱北者の女性は言う。この女性は北朝鮮に父親を残して2010年後半に脱北した。
父親は地位の高い官僚で、ヤギや犬やシカの肉などの賄賂を受け取っていたと女性は語った。
(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)
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