[ウィニペグ(カナダ)/ナイロビ/上海 14日 ロイター] – 米国中西部。トウモロコシを主要作物として栽培している「コーンベルト」地帯の春は、例年ならば埃っぽく乾燥している。だがこの春、この一帯は水浸しになった。一方中国では、揚子江流域の農地が干上がった。どちらの国でも、農家は人々の食料を生み出す土壌を救おうと、敗色の濃い戦いに挑んでいる。
ミネソタ州コットンウッド近郊で農場を営むキャロライン・オルソンさん(55)は、1100エーカーの農地を守るために打てる手は打っていた。土壌を保護するため、畑の周囲には緩衝地帯として1メートルほどの背丈のある草を育てた。冬のあいだも地表を覆うための作物を植えた。
だが5月になると猛烈な雨が降り、種まき期のあいだに大量の土壌が流失してしまった。オルソンさんは不作を予想している。
「1時間で約4インチ(約100ミリ)もの豪雨に見舞われると、最善を尽くしていても台無しになる」とオルソンさんは言う。彼女の農場は、1913年以来、夫の一族が保有してきた。
対照的に、中国の農作物の3分の1を生産する広大な揚子江流域は、水不足に悩まされた。焼けつくような暑さによってすっかり養分を失った土壌を再生させる期待を込めて、科学者らは、人工的に雨粒の核となる「種」を供給するため、雲めがけてロケットを発射した。
だが、それも特効薬にはならなかった。
米国から中国、ケニアに至るまで、土壌保全に向けた人間の努力が過激化する天候に全く太刀打ちできず、異常気象が生態系にダメージを与え、食料生産能力を低下させている──。ロイターが数十人の農家、科学者、その他の土壌専門家に取材したところ、こうした危機的な状況が明らかになった。
国連食糧農業機関(FAO)によれば、土壌浸食により世界の農作物生産は2050年までに10%失われるという。この間、世界の総人口は約2割増加して100億人に迫ると予測されており、栄養失調と飢餓の影響を受ける人がますます増えようとしている。
なかでも特に深刻な危機にひんしているのがケニア北部の放牧地だ。悪化する干ばつにより、地表からは植物が姿を消し、土壌はダメージを受けやすくなり、栽培方法を修正する努力も困難になっている。
人間や景観に対する樹木の効用を研究する国際林業研究センター・国際アグロフォレストリー研究センター(CIFOR-ICRAF)に所属するナイロビの土壌科学者リーアン・ウィノウィーキ氏は、「残された土壌は非常に脆弱(ぜいじゃく)だ。地球が服も着ないまま焼けつく太陽に皮膚をさらしているようなものだ」と語る。
<人工降雨はその場しのぎ>
国連の科学者らは、自然が2-3センチの土壌を生み出すには最長で1000年かかる場合があり、したがって保全が決定的に重要だと指摘する。
植物は太陽光を浴び、二酸化炭素を吸収して成長する。炭素は土壌へと循環し、微生物の餌となり、その微生物が今度はさらに多くの植物が生育できる環境を生み出す。
専門家によれば、気候変動を一因とする異常気象は作物に損害を与えるだけでなく、土壌を浸食し、炭素や窒素、リンといった養分を生態系から奪い去っていく。
これが土地の劣化につながる。植物の生命、さらにはその延長として動物と人間の生命を支える能力が低下してしまう、という意味だ。
国連によれば、世界の陸地部分全体の3分の1はすでに浸食や養分の喪失などの形で劣化しているという。
FAOの「グローバル・ソイル・パートナーシップ」事務局長を務める土壌科学者のロナルド・バルガス氏は、森林破壊や家畜の過放牧、不適切な肥料の使用により始まっていた土壌劣化が、異常気象により加速している、と話す。
「土地の劣化は悪循環に陥る。一度土壌が劣化してしまったところに異常気象が来れば、非常に悪い結果に繋がる」と、バルガス氏は言う。
グローバルな農作物生産に関するFAOの損失予測について、バルガス氏はさらに踏み込む。「この10%という数字は、食料安全保障上、切実な問題になる」
<雨を操る>
この夏干上がっていた米国中西部は、実際のところ、長期的には降水量が増している。
5月中旬の3日間にわたる暴風雨により、ミネソタ州の24郡では1エーカーあたり最大3トンの土砂が流失した。データは、土壌損失を推定するアイオワ州立大学の取組み「デイリー・イロージョン・プロジェクト」によるものだ。
メーン大学で持続可能な農業を研究するレイチェル・シャットマン准教授は、土地浸食が特に危ぶまれるのは米国中西部と北東部だと言う。平年に比べて極端に降水量が多く、今世紀末までその傾向が続くと予想されるためだ。
揚子江流域ならば降水量の増加は歓迎されるだろう。南西部に位置する四川省から東岸の上海へと延びる農業の盛んな一帯では、この夏、平年よりも降水量が40%も少なく、記録的な暑さに見舞われた。
8月、水資源を担当する中国政府機関のリュー・ジユー氏は、揚子江上流・中流域にある6つの重要な農業州で、干ばつの結果、土壌の3分の1が理想的な状態より乾燥していたことを明らかにした。また、これらの州の農村地域では、約10分の1の郡で土壌が「深刻な水不足」の影響を受けていたという。
中国が実施した人工降雨プログラムは、一定の効果を発揮した。乾燥した農地145万平方キロに雨をもたらすため、8月だけで211回の「種まき」作戦が実施された。だが専門家らは、これでは長期的な解決にはならないという。
中国気象局人工気象操作センターのツァオ・ツィーチャン次長は、9月に行われた記者会見で、「人工降雨は、ケーキで言えばアイシングにすぎない」と述べた。人工降雨作戦の成否については言及を避けた。
それ以外の、たとえば新規の井戸を数千カ所掘削したり、農家に作物の転換を奨励するといった対策も、やはり限定的な効果しか生んでいない。
面積が縮小した八陽湖(江西省)周辺の農家は、ロイターの取材に対し、降水量が減少した結果、あらゆる種類の作物がひどい不作に終わったと話した。新瑶村のフー・バオリンさん(70)が栽培するナタネは開花すらせず、ザボンの実も通常のサイズの3分の1にしか育たなかったという。
江西省湖口県は農業が盛んな地域だ。チェンという姓だけを教えてくれた72歳の住民は、ゴマやトウモロコシ、サツマイモ、綿花の農園の多くが水不足で枯れてしまったと話す。干上がった田で落ち穂を拾い、家に持ち帰って鶏の飼料にするという。
<やってきたラクダ、消えたキリン>
専門家のあいだには、楽観的な声もある。少なくとも一部の地域は危機を免れる可能性がある、という見方だ。
FAOは今年、世界中の土壌の50%について2030年までに健全性を改善・維持するという行動計画を策定した。輪作や、耕作・放牧地の中や周囲で植樹を進める混農林業と呼ばれる土地利用計を進めることが柱だ。
米ノースカロライナ州に本拠を置くソイル・ヘルス・インスティチュートの最高科学責任者クリスティン・モーガン氏は、農家がもっと広く優れた手法を採用すれば、土壌が復活する可能性があると話す。
「私たちはいつも、何か新しいことが私たちを救うだろうと考えてしまう。だが実際には、私たちがやり方を変えればいいだけの話だ」と、モーガン氏は話す。
選択肢としては、浸食を防ぐために農地を傾斜させない、浸食や養分の損失を防ぐために農閑期に被覆作物を植える、などがある。BMOキャピタルマーケッツの推定によれば、この2つの手法を採用しているのは米国の耕地面積のうち、それぞれ25%と4%にすぎない。
ケニアでは、ダメージは深刻だ。
サンブル地方で牛とヤギを育てる畜産農家のマリヤン・レコピルさん(50)は、「若い頃は土がこれほど乾いていたことはなかった」と言いながら、土を空中に蹴り上げる。
「ここは非常に美しい場所だった。私たちのヤギの隣では、キリンやシマウマ、ガゼルが草を食んでいた。今ではあらる野生動物の姿が消え、小川は干上がってしまった」
実際のところ、ケニアでは土地の潤いが失われている。2000年以降、干ばつの長期化が当たり前になり、現在は過去40年で最悪の干ばつが生じている。
ケニア環境省によれば、植物による被覆や浸食に対する抵抗力という点で、国土の60%以上は劣化がかなり進んでおり、27%以上はひどく劣化していると見なされているという。環境保護団体は農家に対し、不耕起栽培や最小限耕起栽培の活用、混農林業の導入を呼びかけているが、それでもこの状況だ。
ケニア北部に位置するレコピルさんの村で遊んでいる子どもたちは、誰も本当の雨季を覚えていなかった。彼らはラクダを育て、網の目のように広がる埃っぽいひび割れを避けながら歩くことに慣れつつある。いずれも、レコピルさんが若い頃には見られなかったことだ。
干ばつにより、この村が頼りにしていた水源はよどみがちになり、子どもたちの病気が増えているとレコピルさんは言う。牛やヤギを生かしておくために、畜産農家が水や牧草を求めて何百マイルも移動せざるを得ないことも多い。
CIFOR-ICRAFの土壌科学者ウィノウィーキ氏は、ケニアの牧草地の多くでは草が姿を消しており、土地は将来的に固く締まり、浸食されやすくなってしまうと言う。
CIFOR-ICRAFの首席科学者であるトルガンナー・バーゲン氏によれば、ケニアやインドのほか、世界中の多くの地域で大量の土壌が浸食されており、その土地のシードバンク(雨が降ればすぐに芽を出す草の種)も消失しているという。つまり、地域によっては、土壌再生のために手作業で種を蒔く必要が生じている。
「システム全体が転回点を迎えている。気候変動が、こうした状況全般をひたすら加速している」
(Rod Nickel記者、 Ayenat Mersie記者、David Stanway記者、翻訳:エァクレーレン)
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