うかつに「人助け」できない国 モラル崩壊した中国の末期的症状

2024/03/27 更新: 2024/03/27

今月22日、河南省許昌市禹州市で、とても善行ニュースとは呼べない「事件」が起きた。「老婦人を助け起こした心優しい市民が、賠償金を求められた」という。

このような異常な事態は、中国特有の一種の社会現象にすらなっている。

そのため、このニュースを見た人は、心中に「またか」という嘆きを覚えるとともに、自分も「倒れている人を見ても、うかつに助け起こせないな」と再度心に誓うのである。

自分で転倒しても「お前のせいだ。賠償しろ」

ある市民が車を運転していたところ、路上に転倒している老婦人を見た。車を止めて、老婦人を助け起こしたところ、この心優しい市民は、なんと老婦人から賠償金として1千元(約2万円)を請求されたという。

老婦人が乗った動力つき三輪車が、信号無視して交差点に飛び出し、自分で車ごと転倒する様子が映像に残っている。もちろん、市民が運転する車が、老婦人の三輪車にぶつかったのではない。

その一部始終を映した車のドライブレコーダー録画を見た交通警察は、この「運が悪い、心優しい市民」に対して、こんな冗談を言った。

「あなたもあなただ。老婦人を助けようとして車を止めた、あなたも悪い」

それは今の中国において、とても笑える冗談にはならない、ただ苦笑いを誘うだけのブラックジョークである。つまり中国では「うかつに人助けをしてはならない」のだ。

(老婦人が運転する三輪車が、信号無視して交差点に入ると、自分で転倒した)

この事件のあらすじや、交通警察が言った冗談「老婦人を助けようとした、あなたも悪い」のセリフを聞いた中国人の脳裏には、誰しも「彭宇事件」が思い出されたことだろう。

中国人の心が凍りついた「彭宇事件」

それは今から18年前、2006年11月20日のこと。南京で「中国社会のモラル崩壊」を引き起こした、特異な事件がおきた。

彭宇(ほう う)さんという20代の男性が、バス停で転倒した60代の女性を助け起こした。心優しい彭さんは、女性を病院に送り届け、その場の診療費まで立て替えた。全ては、彭さんの善意であった。

ところが、親切を受けたその女性が、なんと「この男(彭宇)に突き飛ばされて転んだ」と言い出し、家族ぐるみで彭さんを提訴したのだ。親切が仇となり、逆に賠償金を求められる、という前代未聞の「善行をめぐる傷害事件」となった。

親切を受けたはずの女性が、なぜ「豹変」したのか。その理由は、わからない。

合理的な理由として1つ考えられることは、中国で医療を受けるには高額な実費がかかるため、転倒した女性が(家族ぐるみで)彭さんを加害者に仕立てて、金をゆすり取ろうとしたのではないか。だとすれば、心優しい彭さんが加害者でないことは、もちろん知った上での計略になる。

ともかく、彭さんを「被告」とする訴訟が起こされてしまった。

裁判の結果、被告となった男性(彭さん)に約4万元(当時で約64万円)の支払い命令が下された。彭さんは懸命に釈明したが、裁判所は聞き入れなかった。この賠償金額は、当時の一般人の年収に相当するほどの「巨額」であった。

この時、裁判官の言った有名なセリフがある。

「あなた(彭さん)がぶつかったのでないなら、なぜ助け起こしたのか?」

転倒した女性を助けたことが「加害の証拠」であるかのように、本来、公正を旨とすべき裁判官が決めつけて言うのである。

この事件があって「善行は賠償や裁判沙汰になりかねない」という恐るべき結論が中国人の心に焼き付いてしまった。

そして、この「彭宇事件」以来、中国全土のモラル崩壊が爆発的に進んでしまったのである。

うかつに「人助け」できない国

つまり「彭宇の二の舞にはなりたくない」という、人間の親切や善行とは真逆の概念が、中国社会のなかでガン細胞化してしまったことになる。

この時から中国は、うかつに「人助け」できない国になった。

それでも助けるなら、後から面倒なことにならないように「自分は潔白である」ことの証拠として、スマホで動画を撮る人も多い。なかには、先に警察に連絡して「警察官という証人がいる前で、人助けする」という周到な手順を踏む人もいる。

しかし、それはあまりにも悲しい自己防衛の知恵である。

(連れが動画撮影をしているなかで、転倒した老人を助け起こす上海市民。老人は、カメラに向かい「何で撮影しているんだ?」と聞く。市民のほうは「いやいや、記録しているだけですよ」と答えている)

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李凌
エポックタイムズ記者。主に中国関連報道を担当。大学では経済学を専攻。カウンセラー育成学校で心理カウンセリングも学んだ。中国の真実の姿を伝えます!
鳥飼聡
二松学舎大院博士課程修了(文学修士)。高校教師などを経て、エポックタイムズ入社。中国の文化、歴史、社会関係の記事を中心に執筆・編集しています。
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