中国ではいま、「両会」と呼ばれる二つの重要会議を開催中だ。いずれも共産党独裁体制下における形骸化した会議である。
毎年恒例のことだが、北京で重要会議があるときには、その開催にあわせて、地方政府から受けた不当な扱いや地方官僚の不正などを中央に直訴するため、全国各地からの陳情者が北京に殺到する。
日本の陳情とは、例えば国や地方自治体に対して、住民の「要望」を伝えることを指す。それとは全く異なり、中国における陳情とは、多くの場合、地方政府から受けた不当な扱いや地方官僚の不正などを、中央政府に直訴することをいう。
陳情そのものは、中国公民の正当な権利であり、違法性は全くない。
ところが、中央へ陳情することによって「隠蔽しておきたい地方の問題」が、中央政府へ知られてしまうことになる。また、陳情局に訴える民衆が多いほど、地方政府の「失点」となる。それらは、端的に言えば地方官僚の出世に響くのだ。
そこで地方政府は、陳情者を排除したり、陳情者の口を封じて黙らせるために、実にいろいろな手を尽くしている。
地方政府は、地方から北京へ行こうとする地元の陳情者を阻止し、北京から地元へ強制送還するために、専門の「拉致要員」を北京に送り込んでいる。これが俗にいう「陳情者狩り(截訪信訪局)」である。
ちなみに、北京の公安も地方の公安当局が結託して、陳情民の排除に努めている。

今年の両会期間中も、例年同様、北京で厳重な警備体制が敷かれ、各地でも地元民が陳情などに行かないよう警戒している。
「両会」開幕から2日目、北京にある国家陳情局(信訪局)近くで、「陳情者狩り」に遭った高齢の陳情民が川へ飛び込み、抗議自殺したことがわかった。
現場目撃者は、動画撮影をしながら、「どこまで陳情民を追い詰めれば気が済むのか」と憤慨した。
(陳情民が飛び降りた陳情局付近の川、目撃者によるSNS投稿、2025年3月5日)
「不帰路」
中国で一番混む場所は、ネットでは「陳情局の前」「病院内」「アメリカ大使館前」といわれている。
中国で陳情することは、中国公民の正当な権利だ。しかし、それは表面上の権利に過ぎず、中国共産党(中共)統治下の中国において、「法律はすでに死んでいる」
そのため、陳情は「後戻りのできない道(不帰路)」とも言われている。いったん陳情をし、ビッグデータがその人を「陳情民」と認識すれば、陳情者のその後の人生、そして家族までもが当局の迫害対象とされ、長きにわたって影響を受けることになる。
それでも人々は受けた不公を訴えようとする。
(「陳情者狩り」の現場、2024年7月6日、北京永定門の地下通路内)
毎年繰り返される哀歌
「両会」開催の1か月前から、当局は各地陳情民の北京入りを防ぐべく取締りを強化し始める。
多くの陳情者は「事前」に拉致され、監禁されている。いっぽう北京在住のいわゆる「要監視人物」たちは、北京から強制的に連れ出すか、自宅に軟禁している。
「両会」期間中、安徽省や広西省においては、十数人のキリスト教徒が拘束された。拘束されなかった教徒も警察から嫌がらせを受け続けているという。アメリカ政府系放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)が3月5日付で報じた。
北京では今回のような重要会議があるたびに、「陳情民や異議者への排除劇」が繰り返される。
こうした異様な警戒ぶりは、これはもはや一種の「滑稽な風景である」と言うしかない。
つまり「重要会議」期間中の中国は、例えば海外からのテロリズムや破壊活動に対して警戒しているのではなく、自国のなかで「本当のことを言う、覚醒した民衆」の出現を恐れているのだ。言い換えれば、この仰々しいほどの警備は、中共自身が内包する恐怖心の反映であると、見てもよいのである。
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