中国ではここ数年、若者の失踪や一人旅の旅行者が突然消息を絶つ事案がSNSを中心に広く語られている。
背景には、人身売買や、臓器収奪を目的とした犯罪ネットワークの存在が噂され、旅人の間では「見知らぬ人の誘いには絶対に乗るな」という暗黙の警戒感が急速に広がっている。
そのなかで、一人で全国を旅していた動画配信者の王安康さんが体験した出来事は、「旅人が消える国」と呼ばれる現象に、思わず納得せざるを得ないほど不気味なものだった。
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突然近づいてきた「旅仲間」を名乗る男
今年1月、中国・福建省南平市にある小さな町で昼寝から目覚めた王さんの三輪車へ、電動バイクに乗った見知らぬ男が真っすぐ近づいてきた。
その男は「自分も旅をしている」「動画撮影の仲間だ」などと共通点を強調し、まるで旧友のような距離感で話しかけてきた。そして、あまりに自然な流れで「うちで休んでいけ」「お茶を飲もう」と執拗に誘ってきた。
王さんはしばらく警戒したが、押し切られるように男の「民宿」へ向かった。
しかし、案内されたのは正面玄関ではなかった。人気のない裏の林を通り、裏口から建物に入るよう指示された。最初の違和感は、ここから始まっていた。

終わらない「お茶」 異様な引き留め そして体調の変化
その男は中国での親しみを込めた呼び名で「三番目の兄さん(三哥)」と名乗り、王さんが座るとすぐに茶を注ぎ始めた。
一杯飲み終わると、すぐに次の茶を注ぐ。断ると黙り込み、しばらくしてまた注ぐ。午後いっぱい、このやり取りが延々と続いた。
夕方、「三番目の兄さん」は豚の肺料理と酒を並べた。「泊まっていけ」「ゆっくり休め」と強い口調で引き留め始めた。王さんは酒をほんの少し口にしただけだった。
しかし、すぐに動悸、めまい、視界の揺れといった異常な症状が襲ってきた。「飲んだ量に対して反応がおかしすぎた。あの瞬間、危険だと思った」「三番目の兄さん」は王さんの変化に触れず、むしろ「もっと飲め」「今日は泊まれ」と迫り続けた。

「顔を確認させる」ビデオ通話
王さんは自分の三輪車へ戻ったが、深夜0時すぎ、「三番目の兄さん」から突然メッセージが届いた。
「思い出したことがある、もう一度来てほしい」
仕方なく戻ると、「三番目の兄さん」はすぐに2人の男と連続でテレビ通話を始めた。
相手の一人は坊主頭の男で、もう一人は若い男だった。
話しているのは王さんが聞き取れない中国南部の方言。
だが、異様だったのは「三番目の兄さん」の行動だ。
通話のたびに、王さんの顔をわざわざカメラに向け、「挨拶しろ」と促してくる。
「まるで誰かが自分を確認しているようだ」と感じ、王さんは思わず背筋が冷えた。

「三番目の兄さん」は建物の奥まった部屋のカードキーを王さんに差し出し、「今夜はここで寝ろ」と強調した。
その部屋は妙に静かで、周囲の気配もなく、逃げ道も限られていた。「三番目の兄さん」は即座に拒否し、自分の車へ戻った。
体調が悪化も なんとか脱出
自分の車に戻った後も、症状はむしろ悪化していった。
王さんはライブ配信で、ほとんど叫ぶように「体がおかしい」と外へ助けを求める信号を発した。その直後、「ここにいたら本当に動けなくなる」と直感し、濃い霧に包まれた夜道へ三輪車を走らせた。
翌朝、診療所を訪れたが、医師は血液検査も尿検査も行わず、ただ脈拍を測るだけ。警察に通報しても「調べようがない」と何の動きもなかった。「町全体が『よそ者には何も言わない』と決めているような雰囲気だった」と王さんは語る。
王さんは、当時の急激な体調変化について「体の自由を奪うような薬を盛られたのだと感じた」と語り、もしあの部屋に入っていたら「臓器狩りの標的になっていたかもしれない」と振り返っている。
後日、王さんが「飲食物に何か混ぜたのか」と訊ねると、男から返ってきたのは、質問とはまったく噛み合わない「昨日の豚肺はよく味がしみてただろ」という一文だけだった。その「ずれた返答」が、むしろ何より不気味だった。

別の省でも同様の手口 複数の男に囲まれ拉致の危険
広西チワン族自治区でも王さんは似たような誘いに遭遇した。
旅好きだという男に誘われた焼き肉店で、突然別の2人が現れ、王さんを囲むように接近した。
持っていた鉈(なた)を構えたことで隙ができ、脱出に成功したが、「抵抗していなければ拉致されていた」と話す。

旅人失踪の懸念が現実的な段階に
中国では、若者や一人旅の旅行者が突然姿を消す出来事がたびたび取り沙汰され、その背景についてさまざまな憶測が飛び交っている。
金銭目的の誘拐、外国の詐欺拠点への連れ込み、臓器を狙った組織的な誘い込み。真偽の判断が難しい噂も多いが、こうした「黒い市場」の存在を示す匿名の証言は各地で後を絶たない。
王さんの体験は、表向きは親切に見える誘いが、実際には旅人を「消す入り口」になり得ることを強く示唆している。そしてその構図は、もはや「裏で囁かれる噂」では済まず、誰でも直面し得る「現実の危険」になりつつある。

小さな違和感が命綱になることもある
もちろん、こうした出来事は外国人旅行者にも無関係とは言い切れない。
中国を旅する際は、人気のない場所を避ける、見知らぬ人から渡された飲食物を口にしないなど、基本的な自衛意識が求められる。
旅そのものを恐れる必要はないものの、王さんが経験したような、一見些細な「違和感」を見逃さず行動することが、自分を守る最も確実な手段であることを静かに物語っている。

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