論評
先週流出した、ウクライナとロシアの和平に関する28項目からなる合意案の詳細と、その後ホワイトハウスが今週示した最新の更新内容から、ドナルド・トランプ大統領がこの戦争の現状をどう捉えているかが見えてくる。
最新の交渉努力の開始が10月末だったことを踏まえると、その背景には前線の複数箇所でウクライナ軍の防衛力が弱体化し、ロシアによる領土奪取が加速している現状があるとみられる。
トランプ政権が、グレアム上院議員とブルーメンソール上院議員によるロシアに対する制裁法案を急がず、まず和平交渉を優先しているという事実は、トランプ大統領が「追加制裁を科してもすぐに戦況は変わらない」と見ていることを示唆している。
特に、制裁を強化すればインドのような重要なパートナーとの関係が悪化しかねず、むしろ外交面での損失が生じる可能性があることから、短期的な効果は期待しにくいと判断しているとみられる。
相反する2つのストーリー
今まさに形になりつつあるアメリカの和平案をどう評価するかは、どちらのストーリーを信じるかによって大きく変わってくる。
■ ストーリー A
ロシアが戦争の全責任を負い、アメリカやNATOの行動には因果関係はない。
ロシア軍は甚大な人的・装備損失を抱えており、2万4千件以上の制裁によって経済は崩壊寸前である。
この視点から見れば、流出した和平案は「ほぼ降伏」であり、二次制裁を追加すれば勝利を掴める局面で敗北を選ぶ許しがたい愚行と映る。
■ ストーリー B(筆者の立場)
持久戦では、人口、砲弾、ミサイル、ドローン、電子戦能力、軍需産業基盤、崩壊とは程遠い経済規模
これらをはるかに多く有する側が最終的に勝利するのは自明である。
この現実を受け入れるなら、ウクライナが週ごとに命と領土を失い続ける前に、できるだけ早く和平合意を結ぶべきだ、という結論になる。副大統領のJD・ヴァンス氏は明らかにストーリーBに属する。
「もっと金、もっと武器、もっと制裁をすれば勝利できるという幻想がある。だが平和は幻想の世界に生きる外交官ではなく現実に生きる賢い人間によってこそ可能になる」(11月21日の投稿より)
トランプの立ち位置
トランプ氏は過去の発言ではストーリー A 寄りに見える時もあったが、今回の交渉のスピード・強度・28項目案の内容を見る限り、現在は明らかにストーリー B の立場に立っている。
過去の強硬発言は思想ではなく「双方が譲らず取引が成立しないことへの苛立ち」に近かったと読み取れる。
トランプ大統領は2月19日のブライアン・キルミード氏とのインタビューでこう述べた。
「私はゼレンスキー(大統領)を何年も見てきた……
彼は交渉カードを何も持っていない。そして私はもううんざりなんだ。本当にうんざりだ」
同じインタビューでトランプ大統領は、バイデン政権のようにウクライナのNATO加盟に「開かれた扉」方針を採らず、ロシアの明確なレッドラインを重視していれば、この戦争は始まらなかったと明言。
さらに、合意が成立しなければロシアは軍事力で領土目標を達成すると確信しているとも述べた。11月20日の再インタビューでも「ロシアは領土を得るだろう」と繰り返している。
これらはトランプ氏が完全にストーリー B 側であることを示す。
ただし、キルミード氏の質問には重要な緊張がある。彼はロシアが甚大な損害を受けており、このままではバルト三国が危ういのではと懸念している。トランプ氏はこれに反論し、プーチン大統領は「さらなる戦争を望んでいない」と述べた。
ここに和平の最大障壁がある。西側の外交・安全保障コミュニティは今も「ロシアは敗北寸前で、ヨーロッパにとって依然存在的脅威である」と信じている。
トランプの「切り札」
= アメリカが提供するリアルタイム軍事情報の停止
トランプ大統領の和平構想には猛烈な逆風が吹いている。だが彼には他の誰も持たないカードがある。アメリカのリアルタイム軍事情報提供を即時停止できる権限だ。
現在、アメリカは毎月莫大な資金を投じて、衛星画像、SIGINT(通信傍受) 総合ターゲティング情報、NATO AWACS(早期警戒管制機)支援を提供している。
ウクライナが長期にわたり戦争を継続できているのは、まさにこの支援のおかげだ。それによりウクライナはロシア軍の部隊集結を察知し、航空機の動きを追跡し、石油精製施設や補給拠点への長距離攻撃を可能にしている。ヨーロッパだけでは、このアメリカからの情報支援を代替することはできない。
もしアメリカが情報共有を切ればウクライナ軍はロシア軍の集結・航空機の動きを把握できなくなる。長距離打撃の精度と速度が大幅に低下し、ロシア空軍は前線全域でほぼ自由に行動可能になる。
ウクライナもEUもこれを理解している。だからこそ、情報停止を示唆するだけでもヨーロッパは立場の再考を迫られ、ゼレンスキー大統領は視野を大きく失うことになる。こうした決断は国内外で激しい反発を引き起こすだろう。
ロイターの11月21日の報道によればトランプ氏は、11月27日までにウクライナが28項目案を受け入れなければ、情報遮断を検討すると警告したという。最新案ではウクライナへの安全保障保証がさらに強化されるとされる。
つまり情報パイプはワシントンの残された最大のレバーである。これを切れば「戦争を負けに導いた」と非難される。だが支援を継続しても、結局は同じ批判を受ける可能性が高い。
トランプは引き金を引くのか?
もし情報支援を切れば、戦争は大幅に早期収束し、中期・長期的には犠牲を減らす可能性がある。あるいは、交渉を続け、ストーリーAの支持者でさえウクライナ存続の危機とロシアの優位を認めざるを得ないところまで事態を進ませるのだろうか。

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