社会 掛谷英紀コラム

左翼のプロパガンダ戦略とは?

2019/09/09 更新: 2023/01/15

前回のコラム<日本人が知らない北米左翼の恐ろしさ>では、北米の左翼について解説したが、よりによって北米で極端な左傾化が起きているのはなぜか疑問を持った人も多いだろう。もともと、米国は共産主義を忌み嫌う国である。そのルーツは、初期の入植者の歴史にまで遡る。

1607年ジェームズタウン、1620年プリマスに最初の入植者が到着したとき、彼らはある試みを行った。穀物の共有倉庫を作り、そこから必要なものを取り収穫したものを戻すことにしたのである。土地も共有し共同で働いた。理想の社会主義共同体と同じである(当時はその名前では呼ばれていなかったが)。

それで何が起きたかは想像に難くないだろう。働いた人間も働かない人間も取り分が同じなら、誰も働かない。入植地の食料は尽き、多くの入植者は餓死した。彼らはコミューンを放棄して私的所有を認めた。すると、すぐに豊作に恵まれ、それが感謝祭の起源になっている。この失敗の教訓を通じて、人間は自らの経済的成果に責任をもつべきだという考えが米国で定着した。

第二次世界大戦後は、マッカーシーによる赤狩り(Red Scare)があり、その後冷戦が終結するまで、米国はソ連をはじめとする共産主義陣営と対峙した。しかし、米国が常に共産主義から自由だったわけではない。ヴェノナ文書が明らかにしているように、第二次世界大戦の前から、米国中枢部には多くの共産主義スパイが入り込んでいた。

現在の米国の左傾化は、冷戦終結がきっかけになっている。ソ連の崩壊により、米国人は油断した。フランシス・フクヤマの著書「歴史の終わり」に書かれた認識がそれを物語る。しかし、歴史は終わっていなかった。左翼は、この油断の隙を利用して、学校、メディアなどに深く浸透していった。

今、米国で20歳前後から30代半ばまでの若者は、2000年頃に生まれたか少年期を過ごしていることから、ミレニアル世代と呼ばれている。彼らは、冷戦後の学校やメディアの左傾化による影響を強く受けて育っている。そのため、ミレニアル世代には、バーニー・サンダースアレクサンドリア・オカシオ・コルテスのような、民主党の中でも社会主義者と呼ばれる極端に左寄りの政治家を熱狂的に支持する人が多い。日本では若者ほど保守政党の支持率が高いのとは正反対である。

日本は、今アメリカで起きていることを半世紀先取りしていたといえる。GHQの内部に共産主義の工作員が大量に入り込んでいたことは知られているが、彼らが左翼イデオロギーで染めた学校やメディアが、団塊の世代の左傾化を実現した。米国におけるミレニアル世代の左傾化と構造は同じである。

左翼は学校やメディア以外だけでなく、法曹界や研究機関にも入り込む。これも、日本に限ったことではなく、世界に共通して見られる現象である。前々回の<なぜ人は共産主義に騙され続けるのか>で述べた通り、左翼活動家は過大な欲求と自己評価を持つがゆえに、それを認めない社会を憎むという構図がある。そういう人には、協調性を要求される一般の仕事は務まらない。結果として、協調性があまり必要とされず、社会的地位も高く自己承認欲求が満たされるマスコミ、大学、法曹界などに集まると考えられる。これらの職業は社会的影響力も強いので、左翼イデオロギーを広めるにも好都合である。

インターネットが発達した今でこそ、大手マスコミのジャーナリスト、学校の先生や大学教授、弁護士や裁判官を無条件で信じる人は減ったが、一昔前まではこうした職業に就く人の社会的信用は高かった。左翼活動家はその信用を積極的に悪用してきた。

左翼中核層の最大の武器は、良心の呵責がないことである。その性質はサイコパスに通じるものがある(サイコパスについて、詳しくはマーサ・スタウトやロバート・ヘアなどの著作を参照されたい)。彼らには正義はあっても良心はない(なお、左翼自身は正義と良心の区別がつかないため、自分に良心がないという自覚がないことが多い)。そのため、あらゆる行為は、独善的正義の実現という目的の手段と化す。ウソをつくことも信用を裏切ることも全く厭わない。他人を傷つけることに全く躊躇がないのである。

左翼の中核層 想定外のことを言い相手を怯ませる

良識的な一般人は、人が平気でウソをつけるとは想像しない。左翼中核層は一般人の想定外のことができるのを武器とする。討論番組でも、左翼は議論に勝つためなら平気で口から出まかせを言う。それで討論相手を怯ませて議論に勝ったという印象を与える。討論相手も、討論を見ている人も、そこまで自信をもって言っているのだからウソではないだろうと思い込んでしまう。しかし、後々発言内容に関する事実を精査してみると、全くの出鱈目だったという経験を私は多くしている。ただ、普通の人は後で事実を精査することをしない。そのため、左翼の発したウソが正しいと後々まで信じてしまうことになる。

左翼中核層は、社会的に自分たちのウソが信じられやすいようにするための布石も打っている。それは、全ての人は本質的に同じであるという世界観の流布である。彼らは、凶悪事件でも一貫して加害者を擁護する。犯罪者も、「たまたま置かれた環境が悪かっただけで、その本質は一般人と変わらない(サイコパスのような特殊な人間は存在しない)」と主張する。こうした世界観が世の中に広がれば広がるほど、平然とつくウソが信じられやすくなるので、プロパガンダが浸透しやすい社会環境が生まれる。

就職フェアに参加する黒人女性たち(GettyImages)

左翼プロパガンダのもう一つの大きな武器はマッチポンプ戦略である。左翼中核層の目的は社会の破壊であるが、それを実現するためには今の社会に対して多くの人々が不満を持つ必要がある。だから、人々の社会に対する不満を煽って、それを政治的原動力にする。逆に、社会の秩序が維持されつつ、人々の不満が解消するのを左翼は最も嫌う。米国で黒人の失業率を下げたトランプ大統領が、米国の左翼にますます忌み嫌われるのはそのためである。

社会に不満の種がないときは、自分で火をつけることも厭わないのが、左翼運動の怖さである。そして、その容疑を平然と他者に振り向け、自分は不満解消のために働く正義の人であるかのように演出する。そんなに簡単に人は騙されないと思うなら、10年前のことを思い起こしてほしい。消えた年金問題も、現場で実際に問題を起こしていたのは自治労の組合員たち(民主党の支持母体)である。民主党はそれを使って政府を攻撃し、政権交代を実現させた。

米国の民主党も、その戦略は酷似している。現在、米国の左翼は不法移民も積極的に国内に受け入れよと主張している。それを実行に移せば、安い労働力の流入により国内失業率が高くなるのは目に見えているが、それで社会的不満が高まるのが彼らにとっては好都合なのである。彼らの思い通りに事が運べば、高くなった失業率の責任は他に転嫁して、自分たちは失業者の保護政策を推進する正義の味方であるように振舞うだろう。

左翼のプロパガンダに騙されないために、彼らはわれわれと同じ良心を備えているとの認識を捨てる必要がある。その思い込みでできる油断の隙を彼らは突いてくる。良心の呵責がない人間は、どんな手段を使うことも躊躇しないので、その攻撃力は凄まじい。

ここで書いたことは、一部の事例を誇大に扱った陰謀説と思う人もいるかもしれない。次回は、ビッグデータに基づく客観的なエビデンスを提示することで、そうした疑念を解消したいと思う。

執筆者:掛谷英紀

 筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)など。

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