紛争海域における外国船舶の航行・進入の取り締まりを海上保安機関に許可する新しい「改正海上交通安全法」を中国が施行したが、インド太平洋地域の同盟・提携諸国は速やかに同法を無効として反対する意向を表明した。
アナリスト等の見解によると2021年9月1日に発効した同改正法は、国際法や国際的な条約を無視して東シナ海と南シナ海の広大な権益確保に注力する中国の新たな策略である。
インドのPTI(Press Trust of India)通信の報道では、今回改正された海上交通安全法では、中国が領有権を主張する海域を「潜水艇や原子力船、また放射性物質、大量の石油、化学物質、液化ガスなどの有毒・有害物質を運搬する船舶」が航行する場合は報告が義務付けられている。 提出義務のある情報には船舶の呼出符号、位置、次の寄港地、到着予定日などが含まれる。
ロンドンに所在する国際戦略研究所(IISS)で日本の安保研究に携わるロバート・ワード(Robert Ward)上級研究員はCNNニュースに対して、「これは中国が自国の領有権主張を『正規化』するため紛争海域に法の網を張り巡らせるという戦略の一端と考えられる」とし、「同法を現実的に実施することは困難と思えるが、中国政府にとっては徐々に実効支配地を広げながら法的基盤を築くことのほうが重要である」と説明している。
国連海洋法条約(海洋法に関する国際連合条約/UNCLOS)には沿岸国が領海として設定できるのは領海基線から12海里までの水域と規定されており、「沿岸国か内陸国かを問わず、すべての国家の船舶に対して領海の無害通航権を認める必要がある」と記されている。
1982年に調印された同条約の批准国である中国は、自国が地図上に引いた九段線に基づき天然資源豊富な水域であると同時に重要な貿易航路となっている南シナ海の大部分の海域に対して歴史的権利を主張している。
ブルネイ、マレーシア、フィリピン、台湾、ベトナムなど、同様に一部の海域の領有権を主張する近隣諸国と競合する中国の主張は、2016年に常設仲裁裁判所がその大部分は無効との裁定を下している。
この国際法廷の判決を無視した中国はその後も好戦的な戦術を続行して人工島を建設して軍事化するなど、海域の権益の確保・拡大に取り組んでいる。船舶への体当たり攻撃やそれに伴う沈没事件、紛争海域における天然資源探査事業の妨害、南シナ海の一部の権利を主張する他諸国の排他的経済水域(EEZ)への侵入などで中国船舶への非難が高まっている。
2021年初頭には、中国政府が主張する海域を「防御」することを目的として中国海警局が外国船舶に武力を行使することを認める「海警法」が施行されたばかりである。観測筋によると海警法と同様に、今回の改正法も海洋法整備に関する表現が曖昧であるため中国は国際基準に準拠することなく、海上保安機関のさじ加減で適用対象が判断される恐れがある。
オーストラリアに所在するニューサウスウェールズ大学キャンベラ校のカーライル・セイヤー(Carlyle Thayer)名誉教授はベトナムの新聞「VNエクスプレス・インターナショナル(VnExpress International)」紙に対して、「言い換えれば、今回施行された中国の改正法は中国国内法を国際法よりも優先させ、『明白な領有権』に対する中国の主張を強化することを目的とした一種のローフェア(法律を武器とした戦争)である」と述べている。
ベトナム・タイムズ紙の記事には、改正海上交通安全法は「中国政府が好きなときにスイッチを押せる『時限爆弾』のようなものである。同法律により海洋における紛争や衝突のリスクが高まる」と記されている。 同盟・提携諸国は「自由で開かれたインド太平洋」を推進することを目的として、非難の表明、外交的抗議、「航行の自由」作戦の展開という手段で中国の海洋侵略行為に対抗している。
ベトナム外務省の発表では、9月1日に同省のレ・ティ・トゥー・ハン(Le Thi Thu Hang)報道官は、「国家は自国が批准する国際条約を厳格に遵守すべきである」とし、「ベトナムは国際法に従って断固として粘り強く措置を講じることで、自国の西沙諸島(パラセル諸島)と南沙諸島(スプラトリー諸島)の主権を執行・保護する。同諸島の水域に対する主権、国権、管轄権は国連海洋法条約に従って定義されるものである」と表明している。
同改正法の施行から数日も経たないうちに米国海軍の駆逐艦「ベンフォールド(USS Benfold)」(写真参照)が定期作戦の一環として南シナ海を通過した。米国第7艦隊によると同誘導ミサイル駆逐艦は南沙諸島に属するミスチーフ礁の12海里以内を航行している。
アジア海洋透明性イニシアチブ(AMTI)の説明によると、ミスチーフ礁は中国が建設した最大の人工島で、滑走路、航空機格納庫、地下貯蔵施設、通信塔などの建設が完成している。1990年代半ばに同岩礁を占拠した中国が埋め立て工事を開始する前の2016年、常設仲裁裁判所が同岩礁は国連海洋法条約に基づき「低潮高地」であるとの裁定を下した。
米国第7艦隊は9月8日に発表したニュースリリースで、国連海洋法条約の下では、「低潮時には海面上に露出し、高潮時には水没する低潮高地は領海も排他的経済水域も有さない」と述べている。
米国第7艦隊は、「ミスチーフ礁が埋め立てられ、設備や施設が建設されたからといって国際法に基づく同岩礁の定義が変わるわけではない」とし、「米国海軍は定期作戦でミスチーフ礁の12海里以内を航行することで、こうした海域で航行の自由を合法的に行使できることを実証した」と発表している。
(Indo-Pacific Defence Forum)
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