2019年には、中国・上海で「小紅楼事件」と呼ばれる官業癒着による性奴隷事件が告発により発覚した。今年の11月、事件が担当裁判官の失脚によってネット上で話題になった。
いわゆる「小紅楼(写真はWeiboより)」は、上海の中心部にある一見、老朽化した7階建ての「創富ビル」のこと。ビルは、商業繁華街の中心に位置し、上海楊浦区政府(区役所)からわずか150メートルのところにある。
ここで、本事件の主犯格である趙富強受刑者(47、執行猶予付きの死刑判決が確定)は、数十人の女性を監禁・虐待し、強制売春、卵子採取、代理出産、地元幹部との「権色交換(権力と性との取引)」などを行っていた。幹部との人脈やコネを利用し、複雑で広範囲なビジネス・商業ネットワークを構築した。一連の犯罪行為は20年間(2000~19年)に渡って行われ、1000人以上の被害者が巻き込まれた。
今年初めの中国メディア「財新」の報道によると、ある被害者の母親は、「小紅楼」の外観はみすぼらしいものの、内装は豪華で、特に4階のコア部分は「クリーム色のタイルに金色の装飾が施されており、タイルの隙間にも金粉が埋め尽くされ、クリスタルのシャンデリアに照らされて金色に輝いていた」と話していたという。
ビル1階部分の外壁が赤いタイルで覆われていることから、地元では「小紅楼」と呼ばれている。この呼名は、20年以上前(1999年)に遠華密輸事件で失脚した福建省の実業家・賴昌星が権力と性の取引のために使った、いわゆる「紅楼」を彷彿とさせるという。
12月4日付の中国メディア「捜狐」は、このビルを「金と暴力、淫乱、脅迫と罪悪に満ち、女性の血と涙で築かれた果てしない地獄」と表現している。
妻に売春を強いる仕立屋
趙受刑者は2000年、江蘇省泰興市から上海にやって来たとき、小さな仕立屋を営んでいた。一刻も早く富を築くために、彼が選んだのは低コスト・高リターンの「近道」である、性的搾取と贈収賄だった。
最初は妻を説得して売春をさせていた。その後、彼の獲物は、都会で働く田舎の女の子から、女子大生や高学歴女性へと徐々に広がっていった。手口も、嘘や騙しから、殴打、レイプ、従わない者のヌード写真や性交渉ビデオを使った脅迫まで様々だった。被害者の中には、プライベートゾーンに「趙富強専用」という文字のタトゥーを入れられた人もいた。
趙受刑者は、脅迫や誘惑によって複数の被害者女性と結婚・離婚を繰り返し、性奴隷の「管理者」を養成しようとした。また、女性の夫や家族の多くを「小紅楼」の警備員や従業員として雇い、被害者を監禁する共犯者に仕立て上げた。
趙は2019年5月に逮捕された。2020年12月、上海小紅楼事件の最終公判で、趙は主犯として執行猶予2年付きの死刑判決を言い渡された。
警察も共犯
この事件の背後には、官僚との深刻な癒着があった。楊浦区の情報、治安、司法、検察、公安などを統括する政法委員会の書記(トップ)、区人民法院(地裁)の裁判長、公安局の副局長や派出所の警察官、さらに工商局や国有企業の関係者などが関与していた。
ネット上の世論は、1人の被害者の悲惨な境遇に焦点を当てていた。この女性はアメリカの大学を卒業後に帰国し、上海での就職を希望していたが、騙されて小紅楼に入り、人生を台無しにされてしまった。
当時、趙富強は上海テレビ放送局の法治天地チャンネル番組「平安上海」を引き継いでおり、その番組の女性アシスタントを募集していた。2017年、アメリカ留学から戻ったこの女性が採用され、「小紅楼」に入った途端に自由を失った。それ以来、彼女の仕事は、出入りする「お客さん」と一緒に飲食して寝ることだった。逃げようとしたがいたるところに警備員がいたため、脱出に失敗した。逃げようとする女性は趙富強に殴られ、レイプされた。女性は電話で母親に助けを求めたが、駆けつけた母親もその場で暴行された。
その後、女性はようやく逃げる機会を見つけ、警察署にたどり着いた。警察は通報の手続きもせず、趙に連絡を取り、女性を小紅楼に連れて帰るように頼んだという。
警察署から女性を連れ戻した後、趙受刑者は10日間連続で強制的に排卵誘発剤を注射し、採卵台に縛り付けて卵子を摘出した。過剰な採卵の結果、女性は大量の腹水が溜まり、最終的には子どもが産めない体になった。
趙受刑者は、被害女性をつなぎ止めるため、女性から卵子を採取して、他の女性に代理出産させていたという。
報道によると、被害者の中には、必死に逃げ出して警察署に駆け込み通報した者もいたが、警察官は「趙富強についていくのはいいことじゃないか」と聞き返してきたという。彼女たちが連れ戻されると、厳しい罰が待っていたという。
告発
舞踊を専攻していた地元上海の女の子は、韓国に留学する前にアルバイトで貯金しようと思っていたが、趙の性奴隷になってしまった。趙は、彼女の身分証明書のコピーを取り、彼女が立ち会うことなく民政局で結婚手続きを行った。その後、彼女は「小紅楼」に閉じ込められ、卵子を摘出されていただけではなく、代理出産も強いられた。
女性は趙受刑者の息子を出産した後、ようやく小紅楼から脱出する機会を得た。趙は彼女の裸体の写真をインターネット上で拡散した。彼女は警察官に助けを求めたところ、「彼には勝てない」と諦めるよう説得された。
2018年11月、彼女は母親とともに、趙による女性への強姦と虐待、政府の幹部に対する贈賄や性接待があったとして、共産党の上海市規律検査委員会と上海市監査委員会に実名で告訴したが、受理されなかった。母娘の申し立てが成功したのは、2019年3月、中央政府の「黒悪勢力(暴力団や犯罪組織)」の撲滅運動が開始し、北京から中央監督チームが上海にやってきたときだった。当局は、小紅楼の内部監視カメラの映像を押収した。この時、趙富強の後ろ盾がようやく崩れ始めた。
被害者に重い刑
2020年9月22日、趙富強は、暴力団を組織・指導した罪、強姦罪、詐欺罪など10件の罪で、第一審で執行猶予付きの死刑判決を受けた。他の37人の被告は、それぞれ2年6カ月~20年の懲役刑に処せられた。
趙富強の複数の元妻や、趙との間に子供をもうけた被害者女性の多くが8年半~20年の重刑を受け、趙の下で働いていた被害者親族の多くも懲役刑を言い渡された。
公開情報によると、趙富強が逮捕される前日の2019年5月16日、楊浦区政法委員会の書記であった盧焱は、当局の取締りの情報を得た後、事務所で趙と会い、すぐに逃げるように助言したという。昨年9月24日、盧は贈収賄、横領、暴力団との共謀の罪で懲役17年の判決を言い渡された。このほかに、事件に関与した10人以上の地方公務員や国有企業の幹部が、収賄などの罪で18カ月~14年の懲役刑に処せられた。
これに対し、多くのネットユーザーが判決の公正さを疑問視している。ネット上では、「卵管を切られて妊娠できない被害者が、趙富強の共犯者として14年6カ月の判決を受けた。これは、なんと数人の幹部の総刑期を上回る」「衝撃だ!卵管を切断された女性たちは、犯罪に加担した汚職官僚よりも長い刑期を科せられた!悪事を重ね、10億元(約178億円)もの不正蓄財をした首謀者に執行猶予付きの死刑か?」などのコメントが寄せられた。
報道規制
2021年1月、中国誌「財新週刊」は、『上海の黒悪勢力、小紅楼の滅亡の一部始終』と題した記事を掲載し、事件全容を初めて紹介した。同事件に関して、中国では、いくつかのメディアを除けば、基本的には一部のセルフメディアやフォロワー数の少ないブロガーが積極的に取り上げていた。
官製メディアを中心とした国内の主要メディアは事件を報じなかったため、当初はあまり注目されなかった。事件のあった上海市でも、ほぼすべてのメディアやセルフメディアは沈黙を貫いている。
ネットユーザーらは、この事件に対するメディアの冷たさは、前回の「ピアノ王子」ユンディ・リの売春事件とは対照的だと指摘した。
中国版ツイッター、微博(ウェイボー)のユーザー、「哲学式生存」は、5日の投稿で「ユンディ・リの売春事件の際には、全国の548のメディアが熱心に報道し、関連トピックが3日連続で微博で検索ワードのトレンドに入っていた。しかし、世間の関心事である小紅楼事件に関しては、関連情報は即座に削除された。中国経営報などのタブロイド紙8社を除いて、全国メディアや人気ブロガーたちが、なぜ沈黙していたのか」と問いただした。
ネット上では、今月2日、1年前に結審した「小紅楼事件」が一時的に話題となり、微博の人気検索ワードに上がった。だが、規制当局は大量の投稿を削除し始めたため、世論は一気に冷え込んだ。
3日には、上海の小紅楼事件に関連した微博のトピックと、中国のQ&Aサイト「知乎(チーフー)」がそれぞれ検索禁止され、または削除された。インターネット上から関連するコンテンツが次々と消えていった。
(翻訳編集・王君宜)
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