清朝から中華民国へ「国慶日」【現代中国キーワード】

2022/09/08 更新: 2022/09/17

中華民国国慶日】 
毎年10月10日の国慶日(こっけいじつ)は「双十節」とも呼ばれる中華民国の記念日であり、現在では台湾でこの日が祝賀されている。

1911年のその日、武漢三鎮のひとつ武昌(ぶしょう)で清軍の兵士が反乱を起こした。この武昌蜂起が中国各地に広がり、276年つづいた清朝が倒れる。その年の干支から辛亥(しんがい)革命と呼ばれている。

翌1912年の1月1日。孫文を臨時大総統として、アジア初の共和制国家、中華民国が開国する。したがって開国記念日は1月1日なのだが、なぜか10月10日のほうが、台湾国民および台湾系華僑の意識のなかでは重点が置かれていると言ってよい。

さて、辛亥革命そのものは、もう少し続く。1912年2月12日、6歳の幼帝であった宣統帝に代わり、実母である隆裕皇太后の名で『清室退位詔書』が頒布された。つまり、ここに至って、宣統帝退位の手続きが正式に完了したことになる。

前置きが長くなったが、要は、清朝から中華民国へと、きちんと手続きをふんで権力が移譲されたことを述べている。

それがたとえ形式上のものであっても、「天」という形而上の存在に対し、地上のものである人間が崇敬の念を表することによって、はじめて中国史上の禅譲が成立するのだ。

中国の歴代皇帝がそうであったように、中華民国もまた、その作法をわきまえていた。一方、1949年10月1日を記念日とする中共政権は、そのような手続きを踏んではいない。