北戴河会議(ほくたいがかいぎ)【現代中国キーワード】

2022/09/03 更新: 2022/09/17

北戴河会議(ほくたいがかいぎ)】
毎年夏に、中国共産党の最高指導部、および政界は引退したが影響力をもつ長老たちが、河北省北東部の渤海沿岸にあるリゾート地・北戴河に集まり、行われる会議。党内指導部の人事や政策の基本方針がここで決められるため、その動向と結果が注目される。ただし、招集されるメンバーが誰かもふくめて非公式かつ非公開であるため、会議上何を話されたかは、その後の中共の動きを見て、後から知るしかない。

今では避暑地として有名になった北戴河であるが、伝統的な中国文化には海浜を指向する意識がほとんどなかったため、もとは無名の漁村であった。

避暑と言えば、清朝の歴代皇帝は承徳(しょうとく)に造営した離宮である避暑山荘で過ごすのが常であった。清朝末期の光緒年間に、北京に在住する西洋人の外交官や技師が、夏の酷暑を避ける場所として北戴河を見つけ、ここに別荘をおく許可を清朝政府に求めたのが始まりである。

水泳好きであった毛沢東の時代から続く北戴河会議は、鄧小平江沢民にも受け継がれ、中共の上層部が北京の酷暑を避けて、約1カ月をこの海辺のリゾートで過ごす恒例行事となった。

それは特権階級に限定されるバカンスの意識にちかいものがあったため、2003年夏のSARS蔓延の時期に、国民の反発を考慮した胡錦涛が一時中止している。しかし2007年には再開され、2012年秋に発足した習近平政権は、北戴河会議を毎年開催している。