1950年代の終盤に、中国共産党の毛沢東が命じた「大躍進」運動は、中国全土に大飢饉をまねいて数千万の餓死者を出すという、惨憺たる結果となった。
それから60数年後の今、「現代版の大躍進」と揶揄される「退林還耕」運動は、依然として中国南部で続いている。
2023年3月の全人代(全国人民代表大会)において、中国共産党の首魁・習近平は中共政府に対して「食糧5千万トンを増産する計画」を指示した。
習近平が命じたその計画は、名目上は「農業強国」としての中国を世界に確立するために出された指示であった。
しかしその背景には、異常気象や洪水による広範囲な被害、蝗(いなご)やヨトウガなどの虫害、そして度重なる疫病によって農村人口が激減していることなど、中国国内における食糧生産の基盤が、すでに重大な危機に瀕していることがある。もちろん中共当局は、それらについて一切公表していない。
「退林還耕」とは、森林を切り開いて耕地にすることをいう。この場合の「耕地」とは、主食となる作物を生産する農地のことであるため、例えば農民が主食以外の野菜や商品作物などを作っていた場合には、巨大な重機を入れてつぶし、指定する作物に強制的に換えさせるなど強引な方法をとってきた。
こうした当局による、あまりにも暴力的な「耕地改造」に対して、雲南省のある村の数百の農民が、連日のように当局の政策に反抗する様子を捉えた動画が11月30日、ネットに流出した。
例えば11月27日には、雲南省昭通市彝良県の大勢の当局者が、現地の村民が大切に育ててきた「花椒(ホワジャオ)」の樹を伐採したため、地元民の激しい抗議を引き起こした。「花椒」の実は、日本のサンショより辛みの効いた、中華料理には欠かすことのできない調味料である。
確かに「花椒」は主食となる作物ではない。しかし現地の村民によると「花椒は、私たちの唯一の収入源だ」という。それを当局が勝手に伐採したことで、村民の怒りに火を着けることになった。
これに先立ち、同じく11月の14日にも、雲南省内のある町の政府が、村人が育てた竹林を強制伐採しており、こちらも村民の抵抗に遭っていた。
(黄色いヘルメットを着用して、当局の政策に抵抗する村民たち)
中共は今も、全国的な範囲で「退林還耕」政策を推進している。この政策により、村民が収入を得るため生活の拠り所としている様々な作物が、恣意的につぶされたり、果樹を伐採されるなどして、民衆の間で不満が高まっている。
今年6月、中共官製メディアによる「こんな政策は発表していない」とする文章が広まり、この「退林還耕」政策はストップするのではないかとの予測が、一部でなされた。
しかし9月になって、中国南部で果樹園などが強行破壊される動画がネットに拡散したことで、「退林還耕」政策は依然として一部の地区で続けられていることが明らかになった。
近年来、中共当局による無謀な「退林還耕」政策で、畑や果樹園のほか、養殖場や公園、道路の緑地帯、ひいてはコンクリート道路や駐車場まで破壊された。
そこには、たとえ見せかけでも「農地」にするため、外部から運んだ土が敷き詰められた。もちろん、このような「見せかけ農地」で米や麦が生産できるわけがない。
なかには、耕作に適さない山の斜面を無理矢理けずり、水稲を植える「棚田」にしたが、大雨で一気に流され、結局、はげ山になったというケースもある。
中国では1990年代末から、乱開発された耕地を森林や緑地に戻す「退耕還林」政策が始まった。この「退耕還林」政策は、洪水や土壌浸食などで生じる深刻な環境問題の緩和を目的とした森林保護政策だった。
ところが、その手の平を返すように、食糧確保を目的として現在進められている「退林還耕」は、まさしく「退耕還林」政策と真逆のことをやっているのだ。
ある人々は、これを「現代版の大躍進」だと指摘し、その本末転倒ぶりを揶揄している。
60数年前の「大躍進」運動では、鉄鋼の生産量を飛躍的に上げるため、農民にとって不可欠な農具や鍋をことごとく供出させて溶かし、全く役に立たない「クズ鉄」を大量に作った。
そのことも含め、全ての失策が伏線となって大飢饉を招くのだが、中国共産党は今でもこれを「3年続きの自然災害」だと強弁している。
その「大躍進」が時代を超え、恐るべき亡霊となって今に現れた。しかし、そうだとするならば、その結末は「数千万の餓死者」か、または、それ以上に悲惨な光景を現出することは避けられないだろう。
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