うかつに「人助け」できない国 転倒した老人を助け起こしたら「責任とれ」=上海

2024/05/29 更新: 2024/05/29

「転倒した老人を助け起こした心優しい市民が、賠償金を求められる」、このような異常な事態が、中国特有の一種の社会現象にすらなっている。

そのため、このニュースを見た人は、心中に「またか」という嘆きを覚えるとともに、自分も「倒れている人を見ても、うかつに助け起こせないな」と再度心に誓うのである。

今月26日、上海で「またも」類似事件が起きた。路線バス亭でバスを降りた後に転倒した老人を助け起こしたバス運転手が、老人から「あんたのせいで転んだ、責任をとれ」としつこく絡まれたことがわかった。

この件を伝えた著名なインフルエンサーによると、「老人はバスを降りた後、自分で転んだ」ことは現場にいた複数の乗客が目撃していた。乗客らは「運転手は関係ない」と証言するも、老人はそれを受け入れず、発車しようとするバスの前に立ちふさがるなどして、運転手に「責任とれ」としつこく絡んだという。

老人は最終的に現場に駆け付けた警察によって連行された。

中国メディアは27日、「運転手は、老人の転倒と関係ないことが調査で分かり、連行された老人はすでに帰宅した」と報じている。

(2024年5月26日に上海で起きた第二の「彭宇事件」)

 

中国人の心が凍りついた「彭宇事件」

それは今から18年前、2006年11月20日のこと。南京で「中国社会のモラル崩壊」を引き起こした、特異な事件が発生した。

彭宇(ほう う)さんという20代の男性が、バス停で転倒した60代の女性を助けた。心優しい彭さんは、女性を病院に送り届け、その場の診療費まで立て替えた。全ては、彭さんの善意であった。

ところが、親切を受けたその女性が、なんと「この男(彭宇)に突き飛ばされて転んだ」と言い出し、家族ぐるみで彭さんを提訴したのだ。親切が仇となり、逆に賠償金を求められる、という前代未聞の「善行をめぐる傷害事件」となった。

親切を受けたはずの女性が、なぜ「豹変」したのか。その理由は、わからない。

合理的な理由として一つ考えられることは、中国で医療を受けるには高額な実費がかかるため、転倒した女性が(家族ぐるみで)彭さんを加害者に仕立てあげて、金をゆすり取ろうとしたのではないか。だとすれば、心優しい彭さんが加害者でないことは、もちろん知った上での邪悪な計略になる。

ともかく、彭さんを「被告」とする訴訟が起こされてしまった。

裁判の結果、被告となった男性(彭さん)に約4万元(当時で約64万円)の支払い命令が下された。彭さんは懸命に釈明したが、裁判所は聞き入れなかった。この賠償金額は、当時の一般人の年収に相当するほどの「巨額」である。

この時、裁判官の言った有名なセリフがある。

「あなた(彭さん)がぶつかったのでないなら、なぜ助け起こしたのか?」

転倒した女性を助けたことが「加害の証拠」であるかのように、本来、公正を旨とすべき裁判官が決めつけて言ったのである。

この事件があって「善行は賠償や裁判沙汰になりかねない」という恐るべき結論が中国人の心に焼き付いてしまった。

そして、この「彭宇事件」以来、中国全土のモラル崩壊が爆発的に進だのである。

うかつに「人助け」できない国

つまり「彭宇の二の舞にはなりたくない」という、人間の親切や善行とは真逆の概念が、中国社会のなかでガン細胞化、定着してしまったことになる。

この時から中国は、うかつに「人助け」できない国になった。

それでも助けるなら、後から面倒なことにならないように「自分は潔白である」ことの証拠として、スマホで動画を撮る人も多い。なかには、先に警察に連絡して「警察官という証人がいる前で、人助けする」という周到な手順を踏む人もいる。

しかし、それはあまりにも悲しい自己防衛の知恵である。

「彭宇(ほう う)事件」を完全に再現したような事件は、メディアによって報じられただけでも昨年12月の安徽省合肥市、今年3月の河南省許昌市で起きている。

(倒れているお年寄りを助け起こす際にも、後で問題が起きないよう、証拠を残すために撮影している。お年寄りは「何を撮っているんだ?」と聞いている)
 

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李凌
エポックタイムズ記者。主に中国関連報道を担当。大学では経済学を専攻。カウンセラー育成学校で心理カウンセリングも学んだ。中国の真実の姿を伝えます!
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